まかない飯

明】約束の時リクエスト作品
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沖田はいない。
斎藤は戻らない。
東京の長屋、一人で暮らす夢主のもとを訪れたのは、まかさの人物だった。

「土方・・・さん」

戦の中、見送ってくれた時と変わらない、美しくてどこか淋しそうな笑顔で立っていた。
洋装だが上着は無く、白いシャツと黒いズボンにブーツを履いている。

「どうして・・・土方さん、ご無事だったんですか・・・」

「あぁ、お前に会いに来たのさ」

恥ずかしげもなく言って土方は部屋に上がり込んだ。
記憶では箱館で命を落とした土方が、戦が終わった世で自分に会いに来た。
驚きが隠せず、夢主は目を丸くしている。

「よくここが分かりましたね、嬉しいです・・・」

「お前一人か、総司は」

「総司さんは・・・」

目を伏せて唇を噛みしめる。
悟った土方は悲しそうに笑った。

「そうか、辛かったな。先に地獄で待ってるのか。・・・・・・斎藤は、戻ってねぇのか」

部屋の中は女一人で暮らす様子が窺える。
聞いた自分を後悔して、土方は答えなくていいと夢主に微笑んだ。

「一人で頑張ったな」

「・・・はぃっ・・・」

一人で長屋を見つけ、なんとか食い繋いできた。
待ち続ける斎藤は一向に姿を現さない。
もしかして、結ばれるべき相手と結ばれたのかもしれない。祝福すべき結果。しかし素直に受け入れられない。
様々な想いに潰されそうな毎日だった。

これまでの夢主の苦しみと悲しみを一瞬で見抜いた土方は、柔らかい声で語り掛けた。

「夢主、一緒に日野に来てくれねぇか」

「日野・・・土方さんの故郷ですか」

「こいつを届けたいんだ」

「これは・・・土方さんの写真と、刀。土方さん、鉄之助君は・・・」

「あいつとは箱館で別れたぜ、追い返したのさ」

鉄之助が届けるはずだった写真と刀。
何故、土方本人が持ってここへやって来たのか。
理由は分からないが、どこかで歴史の歯車が変わってしまったのだろうか。沖田の死は変えられなかったのに。
涙を湛える夢主を土方が優しく覗いた。

「日野には、行きたくねぇか」

「いえ、お供・・・させていただきます。土方さんの古里に・・・」

「そうか、嬉しいぜ」

「あの、今からですか・・・」

「今日はもう遅いからな、一晩泊めてくれねぇか。安心しろ、何もしやしないさ」

「・・・分かりました」

夢主は土間から部屋に上がった土方を見つめた。
土方はあの夕暮れの帰り道、川辺でした約束を覚えていないのだろうか。
もし生きて戦いを終え新時代を迎えたなら、夢主がもう一度身を任せると誓った約束を。

「どうした」

「な、なんでも・・・明日に備えて今日は早く休みます。お食事は・・・」

「いらねぇ、腹は満たされてる」

そう言って質素な板壁を背に土方は座り込んだ。
一つしかない布団に見向きもせず、早々に目を閉じた。

「安心しろ、本当に何もしないさ、お前にこれ以上、辛い思いはさせねぇ」

「辛い思いだなんて・・・」

久しぶりの再会で積もる話もあるだろうが、土方は口も閉ざしてしまった。
座ったまま寝てしまうつもりなのか、動こうともしない。

「土方さん・・・」

そばに寄って、くいと服を引っ張ると土方は目を開いた。

「どうした、構って欲しいのか」

「そんなつもりでは・・・・・・でも、お話がしたいです。別れてから皆さんがどうなったのか知りたいです。ずっと一人だったから話を・・・・・・久しぶりです、知ってる方に会うの。もう長いこと、誰とも」

「大変な思いをしてきたんだな」

「亡くなった皆さんに比べれば、私は命があるだけで・・・・・・幸せ者です」

「幸せな顔には見えねぇがな」

フッと笑って土方が手を伸ばした夢主の顔は、今にも泣き出しそうな淋しさが滲んでいた。

「幸せですよ・・・私は、ずっと・・・」

「今日ぐらい泣いたらどうだ、俺で良ければ話を聞くし、胸も貸してやるぜ」

「土方さんっ・・・・・・私、ずっと、寂しかったんですっ、総司さんがあんなことに、それに斎藤さんは・・・・・・音沙汰無しで・・・・・・」

「辛かったな」

堪えていた夢主が我慢をやめて、涙を零した。
戦の最中、沖田と死に別れてから枯れてしまった涙が、溢れて止まらない。
土方はそっと震える体を包んでやった。

「お前には二度と触れねぇって誓ってたんだがな、誓いを破っちまった」

「誓・・・い」

顔を上げた夢主の頬を止めどなく涙が伝ってゆく。

「あぁ。お前も忘れてねぇだろ、俺がお前にした酷い仕打ちを。本当にすまなかった。今でも悔いてるんだ。・・・・・・だから戒めと罪滅ぼしを、お前に二度と触れまいと。思い出させちまわないように、怖がらせちまわないよう・・・・・・」

「土方さん・・・・・・私、そんな」

もう、大丈夫です・・・・・・

夢主が絞り出した涙声に土方の美しい顔が崩れた。
目尻を下げて愛おしそうに夢主を見つめている。

「優しいな、お前は。・・・許してくれるのか・・・」

「もうずっと前から・・・・・・気にしていません、約束だって、覚えています・・・・・・」

「約束」

「ぁあっ、土方さんが忘れているなら、そのまま忘れててください、何でもありません」

「ふっ、悪いな、しっかり覚えてるぜ。けどお前がそう言うなら忘れるさ」

「土方さん・・・・・・」

もう二度と、お前を泣かせねぇ。
耳元で囁いた土方は、夢主を強く抱きしめた。

「もう一人じゃねぇ、大丈夫だ。安心して泣け」

「っ、はぃ・・・」

ほろほろと流れる涙が土方を濡らす。
抱きしめられた夢主がそっと目を開くと、緩んだシャツから腹に巻かれた晒が見えた。

「土方さん、お腹・・・・・・」

「あぁ、五稜郭を出てな、台場を目指してる時に一発喰らっちまった。だが大丈夫さ、痛みはもうねぇ」

「土方さんも、ずっと一人で頑張っていらしたんですね」

「一人じゃねぇさ、俺には仲間がいた。一番頑張ったのはお前だ」

「っう・・・土方さん、土方さんっ・・・!」

今まで誰にも告げられなかった弱音を受け止めてくれる。
夢主は泣きながら土方に縋りついた。

見守ってくれた沖田を突然失い、迎えに来てくれると信じた斎藤は姿を見せない。
明治になって幾年か、このまま自分は人知れず一人で生きて、死んでいくのだと覚悟した。
そんな淋しい毎日に突然現れた懐かしい人。

「土方さんっ、私、ずっと淋しかったんです、悲しくて、辛くて・・・・・・もう誰も、私っ」

「あぁ、もう誰も失わねぇさ。大丈夫だ」

もう誰も失いたくないから独りで生きていく。
悲しい覚悟を見抜いた土方が、夢主を優しく包んだ。
泣きじゃくる女の背中を摩り、治まるのを待つ。

やがて静かに顔を上げた夢主の目は、温もりを請うように輝いていた。

「夢主・・・」

「土方さん・・・私・・・・・・」

「言うな、夢主・・・・・・」

約束、果たしてもいいんだな。
黙って見つめる土方に、夢主はそっと頷いた。

繊細な硝子細工に触れるような手つきで、土方が夢主の着物を崩し、帯を緩めていく。
肩が夜気に晒されると恥ずかしそうに俯く夢主。
土方は夢主の細い顎を掴み、己を見るよう顔を動かした。

「夢主・・・・・・」

名前を呼ばれ、夢主は微笑んでから目を閉じた。

そっと唇が触れ合う感触がする。
二度三度、優しく触れた後に、ちゅっと濡れた音がした。
唇を割って入る土方の分厚い舌が、夢主の舌を求めている。

「んっ・・・」

不器用に夢主が応じると、土方は慣れた様子で深い口吸いを繰り返し、夢主が堪らず土方の腕を掴んだ。

「本当にいいのか、夢主・・・今なら・・・」

顔を離した土方が、怖々と夢主に問いかける。
男達を勇ましく導いてきた男が、壊れそうな女を愛おしみ、大切にせねばと両手を添えている。

夢主が小さく頷くと、土方は夢主の首筋に手を添え、もう一度口吸いをした。

「怖かったら、痛かったら・・・・・・嫌だったらすぐに言ってくれ、俺が怖かったら」

「大丈夫です・・・土方さん、その・・・や、優しく・・・お願いします・・・」

「あっ、あぁっ、優しくしてやる、優しく・・・夢主、優しくっ」

土方は夢主を強く抱きしめて、うわ言のように繰り返した。
優しく、優しく。
今まで自らに課してきた戒めを解く呪文のように、繰り返した。
 
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