まかない飯

北】金平糖の夜
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剣心が剣路から金平糖を貰ったこの日、神谷道場には一人の仲間が増えた。
明日郎と阿爛の二人に加わった若人の仲間は久保田旭、小柄で愛らしい女の子は、大きな瞳に輝く光を宿している。
なにやら身の上に悩みを持っているようだが、元気で明るい旭は剣路ともすぐに打ち解けた。

「ありがとう、剣心」

剣路の様子を見に出ていた薫、部屋に戻って布団の上で寛ぐ剣心に微笑んだ。
障子を開いて目に入った安らいだ顔に、無意識にこぼれた微笑みだ。
皆に赤い毛と言われる剣心の髪が、白い寝巻や寝具に良く映えていた。

「薫殿、剣路は」

「剣路、寝たよ」

「そうでござるか」

短い言葉と共に剣心に笑みが浮かぶ。
伝えたい言葉は端から分かっている、そんな二人だ。

「うん、旭ちゃんと一緒に寝ちゃった。すっかり懐いちゃったね」

「あぁ、そうだな」

来たばかりの旭に甘えて離れなかった剣路。
夜になり、一緒に寝ますと旭が申し出てくれた。
久しぶりの夫婦水入らずの夜だ。
行灯の光が照らす部屋の中、穏やかな時が流れて行く。

「でも、旭ちゃんが来てくれて嬉しいな」

剣路は懐き、同じ年頃の明日郎と阿爛にもいい刺激になる。
手先も器用らしく、食事の支度を手伝ってくれた。

「きっとこれから、薫殿も何かと助かるでござろう」

「うん、本当にそうね。それでね剣心・・・ありがとう」

「何がでござろう?」

心当たり無いと剣心は首を傾げた。
薫はその意識しない優しさこそがこの人の温かさなのだと、頬を緩めた。

「函館に行こうって・・・一緒に行こうって言ってくれて」

「当たり前だろう、薫殿のお父上だ」

「でも遠いよ、剣路も一緒だし・・・」

「遠かろうが一緒に行くさ、家族だろう」

当然のように口にする家族と言う言葉。
薫は顔を赤らめ喜んだ。そう、もうとっくに私達は家族なのだ。

「そういえば、北海道には藤田さんもいるのよね」

「あぁ、縁の一件の後、北海道に渡り何らかの任に就いていると蒼紫が言っていたな。もしかしたら出会うかも知れぬな」

苦笑いを見せる剣心に付き合い、薫も小さく苦笑いを返した。
藤田五郎こと斎藤一、剣心にとって時に頼もしい仲間であり、どこかでどうにも厄介な存在らしい。

「そしたらお礼言わなきゃね、だって縁の時は随分とお世話になったし。思えば京都の戦いでも剣心のこと・・・あの人がいなかったら志々雄真実のアジトからも出られなかったんでしょ、あの時ね、左之助が話してくれたの」

「そうでござったか・・・確かに礼の一言でも伝えねばならんな」

「うん・・・」

・・・ずっと待ち侘びていた剣心との決着を、あの人が受け入れなかったのもきっと・・・

薫は折に触れ、斎藤が自分の身を案じてくれていたと、今なら気付くことが出来た。
初めて道場で剣心と対峙した時も、自分を人質に取る事が出来たのに、あの人はむしろ自分に危害が及ぶのを避けるよう剣心に声を掛けていた。
縁の一件でも逃げるよう促し、手を貸すのを渋っていたが結局は剣心に加勢してくれた。
理由は分からないが、気遣ってくれていたのは確かだ。

「越路郎殿は確か西南戦争で抜刀隊として出陣したのでござったな」

「うん、それがどうかしたの?」

「いや、何でも」

・・・斎藤も抜刀隊であった・・・もしかしたら何か知っているかもしれない。まさか斎藤が北海道に行ったのは越路郎殿に関係が・・・いや、考え過ぎだろう・・・

「剣心?」

「すまない、何でもない」

何かを考えた所で仕方が無い。
鋭い妻に勘付かれる前にと、剣心は考えるのをやめた。
大切なのはこの笑顔を曇らせないこと。

「それじゃあ、おやすみ、剣心」

「薫っ」

「えっ・・・」

引きとめるように名を呼ばれ、驚いた薫は開きかけた障子に手を掛けて振り返った。
布団の上で剣心は何故そんな顔をしているのか。
不思議そうな薫に、剣心は優しく問いかけた。

「どこに行くでござるか」

「どこって、閨へ・・・あっ」

「ここが寝床でござるよ」

「つい・・・剣路がいなくてなんだか昔の気分で、・・・そっか、ここが閨だったわね」

ふふっ、照れ隠しに微笑んで障子を閉める薫の姿。
剣心は懐かしい感覚を思い出していた。

「あの頃・・・おやすみと言って薫殿が出て行く度に、どれ程もどかしい想いを抱えていたか、分かるでござるか」

「わ、わかんないわよ、そんなものっ!」

優しい声で昔の想いを語る剣心だが、瞳の奥で熱く揺らめく何かが見える。
薫は真っ直ぐ見つめ返せずに目を伏せて頬を染めた。

「そうでござるな・・・でも今は気兼ねなく、こうできる・・・」

「えっ、ちょっ・・・剣心!」

剣心は立ったまま頬を染めている薫に手を伸ばし、そっと、だが力強く引き寄せた。
体を崩すように布団に膝をつく薫を両手で抱え、受け止めた。

すぐ目の前にある互いの顔。
薫だけが恥ずかしさで目を伏せた。
 
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