まかない飯
□明】今は、黙っていろ R18
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この感覚はいつ以来だ。
俺は疲れていた。
いや、この感覚を言葉にするならば、面倒臭い、だろうか。
俺は何もかもが面倒になっていた。
安寧秩序を乱す懸念があれば方々駆け回り、不安の芽を摘み、他方では組織的な反乱事案の捜査も進めている。
俺にしか出来ない役割を放棄する気は無い。むしろ、独りになろうが貫くつもりだ。
だが、目に入る二流三流の政治家連中の無能ぶりが原因か、今は何もかもが面倒な気分になっていた。
俺は人々が行きかう通りに出た。
道を行けば様々な者とすれ違う。行商人、使いの下男。玩具を手に走る童、追いかける母親。誰かを訪ねるのか、荷物を抱えて嬉しそうな者。警官を見て会釈をする者がいれば、後ろめたさからか目を逸らす者もいる。
様々な反応を見るが、共通しているのは其々の平穏な日常と言うこと。
日々の任務が少しは世の為になっているらしい。
しかしながら、俺を襲うこの面倒臭さはなんだ。
通りが活発な人々で満ちた時間、俺は珍しく家の戸を潜っていた。
「夢主」
思えばこの時刻、お前は留守かもしれない。
だが、呼んですぐにお前は現れた。
俺を見つけた驚きで目を見開かせ、大きな瞬きを繰り返しながら駆け寄ってきた。
「一さん! お帰りなさい」
嬉しさ半分、戸惑い半分。
お前の笑顔は正直だ。
無理もない。帰らない日が続き、たまに顔を見せても夜が更けてから。
こんな明るい時分に顔を見たのはいつ以来か、両手の指どころか足の指を使っても足りぬほど遡る。
「日の光の中でお前を見るのは久しいな」
「は、はぃ……」
「上がりたいんだが、構わんか」
玄関を塞いで呆けるお前。
どいてくれるかと促せば、転びそうな勢いで通り道を開ける。
「もちろんです、一さんのお家ですから! すみません、気が利かなくって」
「少し休んだら出る」
落ち着きなく俺をもてなそうとする姿、変わらぬ健気さ。
あぁ、好い。
俺はお前を見つめて口端を上げた。
「はい、あの、何か口にしますか、時間があれば……お茶だけでも」
「そうだな、茶だけ出してくれるか」
本当は茶など要らなかった。
少しばかり"間"が欲しかった。
久しぶりだからな、心の準備とでも言えばいいか。
俺は座敷に入ると上着を抜いで手袋を外し、腰を下ろして己の考えに喉を鳴らした。
素直なお前だが、今日は俺も随分と素直だ。
ククッと聞こえた声に、戻ってきたお前が目を丸くしている。
帰るなり夫が妙な笑いを見せれば驚きもするか。
「あの、今日はどうかなさったんですか。一さんがこんな時間に戻るなんて、その、珍しいですね……」
俺の様子を窺って、お前が恐々と訊ねる。
そんなに怯えずとも良い。
言ってやりたいが無理か、意識せずお前を睨んでしまう。憎いわけでも機嫌が悪いわけでも無い。例えるならば、言葉は悪いが獲物を見つけた獣の目だ、気が急いてお前に向けてしまう。
気は急くが、折角お前が淹れてくれた茶だ。
俺は置かれた盆から湯呑みを取り、口に含んだ。
お前の顔を見るのも久しぶりなら、この茶の味も久しぶりだ。
「美味いな」
少し、何かが晴れた感覚がした。
ほんの僅かだ。言葉にしがたい面倒臭さは消えていない。
口から広がる茶の味と香り、良く知るお前の茶だ。
湯呑みを戻してお前を見ると、不安げな目で俺を見ていた。
あぁ、問いの答えがまだだったか。
「お前の顔を見に戻っただけだ」
「あ……」
安堵したのか、途端にお前は頬を染めた。
単純な奴だ。単純なその素直さが俺は愛おしい。
「来い」
軽く手を出すと、お前は素直に従った。
目の前に腰を下ろして膝を揃える。
違う、そうじゃあ無いだろう。
「分かっているんじゃないのか」
「一さん……」
俺はもう一度手を出し、今度は待たずに触れた。
綺麗に揃えた膝、早く割りたい、裾を捲らせろ、お前の足を見せろ。早く、触れさせろ。
「は、一さっ、こんな時間から」
「こんな時間でなければ戻れなかったんだよ」
「それはっ、でも全部開いてて、外が」
「あぁ、いい陽が差し込むな、心地良いぞ」
「そうじゃなくて、んっ」
恥じらうお前の抵抗を軽く往なし、体勢を崩させる。
裾を割って手を滑り込ませ、太腿の上を撫でて進むと、お前は強く抗った。
「待ってくださっ」
「夢主、少し黙ってろ」
耳元で囁くと、お前は反射的に息を呑んだ。
「っ……」
それからお前は唇を噛みしめた。そのさまに俺は眉根を寄せる。
血が滲むぞ阿呆が。
俺は手を伸ばして手袋を掴んだ。
お前の顔の前に持っていくと、大人しく口を開く。偉いじゃないか。
唇の隙間に押し込むと、お前はされるがままに手袋を咥えた。
なかなか唆る行為だ。職務で身に着ける物を情事の間、妻に咥えさせるとは。
「んんっ……」
嫌がるものの、咥えたまま外そうとしない。
従順でいい態度だ。
俺はもう一度、お前の太腿に触れた。
お前の体は俺を覚えているか。
忘れたとは言わせん。
まぁ忘れているならば思い出させてやるが、お前のことだ、案じることもあるまい。
「ンっ」
浮かせた指先で腿を軽く撫でると、不自由な口から強い声が漏れた。
フッ、哀しそうな声を出すなよ。
そうさ、俺はお前を抱きに戻ったんだよ。分かっていただろう、俺の目的を。
こんな時分に家に戻る理由、これまでも幾度かあっただろうが。
俺を見つけた瞬間、お前の体は期待した、違うか。
太腿の線を辿り行きついた脚の付け根、小さな割れ目を探ると、そこは既に湿っていた。
「っん、」
手袋を噛むお前の力が増す。
続けて何度か擦り上げてやると、お前は首を振った。
「何だ、嫌なのか」
囁くと、俺の息に反応してまた「んんっ」と声にならない息を漏らす。
身を縮ませたお前だが、すぐ首を振る余裕を取り戻した。
「恥ずかしい、か」
「ん……」
頷くお前を覗き込むと、薄らと涙を浮かべている。
可愛い顔をしてくれるもんだ。
「そうか、恥ずかしいか。それは俺に対してか、それとも戸が開け放たれた部屋の状況か」
ま、どちらもだろう。
言葉を封じられたお前は、こくこくと頷いている。
「成る程な。では、お前には我慢してもらおうか」
「んんっ!」
戸を閉めてもらえると期待したのか、俺にその気がないと分かると、お前は望みを絶たれたような大袈裟な驚きと哀しみを浮かべた。
俺が制服の革帯を外し放り投げる間に、お前は逃げ出そうとする。
正確には違うか。
本当に嫌ならば口から手袋を外し、走って逃げればいい。
お前は畳の上を這って、俺から距離を取った。
それではまるで、俺に追いかけて欲しいとせがんでいるみたいだぞ。
たまには悪くない、強引にお前を組み敷くのも。
こんなことを言ってはお前に怒られるか。乱暴なのはいつもの事、と。
あぁ、当たらずとも遠からずだ。