まかない飯

明】永倉さん夢 狸の手習い R18
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幕末以降、永倉さんに再会することなく、北海道編の世界で再会したパラレル────

長編夢主さんですが別世界線です。

R18話、永倉さん夢。
いろんな要素があります……





明治16年、北海道。斎藤の報せを受けた永倉は樺戸を旅立ち、函館へ到着した。
お日さまは疾うに頂きを過ぎて陽は弱く、初秋の函館には、早くも冷たい風が吹いている。冷たい風は木々を揺らし、幾つもの木の葉が体を避けて飛んでいく。顔を掠めた木の葉の行く先を横目で追うと、目の端に懐かしい人影を捉えた。碧血碑での集合を終えた永倉は、懐かしい女に出会った。

「──夢主……」

斎藤がいるからには、もしや。考えはしたが、戦場になり兼ねない地に本当にいるとは。たるんだ重たげな瞼が、大きく開く。驚く永倉を見つけた夢主も、驚きで目を丸くしていた。

「永倉さん!」

永倉がやって来ると斎藤から話は聞いていた。それでも目の前の姿に驚きを隠せない。
夢主の力が抜けて、抱える荷物を落としそうになった。

「本当に永倉さんです、樺戸からいらしたんですよね、遠路お疲れさまでした」

「大したことないよ」

夢主の優しい声と言葉に永倉の顔は弛み、少し垂れた目元が更に落ちた。胸に沁み入る温かな感覚に、疲れが消えていくようだ。
樺戸から同行した悠久山安慈、途中から合流した瀬田宗次郎、それから碧血碑で合流した沢下条張、本条鎌足、刈羽蝙也。元十本刀を連れて、斎藤は五稜郭近郊の陸軍兵舎へ向かった。永倉は一人、遅れていた。市中散策をしてから向かうと告げて別れ、探索半分、散歩気分で歩いていたのだ。

斎藤は五稜郭、陸軍兵舎、そして夢主が泊まる旅館を行き来している。夢主は永倉と同じく、市中を散策していた。ついでに入用な物を買い揃えて、旅館に戻るところだった。

「ついでだから送るよ」

「ありがとうございます。でも、私の荷物を置いたら一さんに荷物を届けるので、旅館じゃなくて陸軍兵舎までご一緒してもいいですか。永倉さん、陸軍兵舎まで行くんですよね」

「あぁそうだよ。いいねぇ、ご同行大歓迎だ」

渋い声で歓迎を伝えると、夢主がふふっと喉を鳴らした。
気付けば永倉は体を開き、仁王立ちをしている。手を広げれば、飛び込んでおいでと誘っているように見えるだろう。

「永倉さん、すっかりおじさんです」

「言うねぇ。そういうお前は、相変わらず」

永倉はゆっくり笑んだ後、夢主のつま先まで視線を流した。
相変わらず、美しい。年相応に。
永倉の中で、夢主の姿が、幕末に別れた頃の記憶と重なった。あれから16年。柔らかな笑顔も、柔らかそうな肌も、そのままだ。今でも思い出せる甘い香り。今も香るのだろうか。

思い出しちまうな。

永倉の視線が動いたのは一瞬で、夢主は戻ってきた視線に素直に応じ、疑いのない目で微笑んだ。

永倉自身は相応か、それ以上の加齢を感じる。若々しい黒髪はすっかり白んで、顔には深い皺がいくつも刻まれて消えない。剣腕には磨きが掛かった。刀を振るう筋力にも衰えはない。ただ少し、体力は衰えた。

「永倉さん?」

「いやぁ、なんでもないよ。斎藤は、あいつも相変わらずだよな。あいつは昔から老けてたからな」

「ふふっ、昔っから老け顔、なんて言ったら怒られちゃいますよ」

「違いねぇ」

「行きましょうか、一さんのところへ早く行かないと」

「あぁ」

おっと。
袴の裾を膨らませて円を描いた永倉の足に、小さく踏み出した夢主の足が絡まった。
傾く体で荷物を案じ、必死に腕を縮める。転びそうになった夢主が地面に触れなかったのは、永倉が抱き止めたからだった。

「大丈夫かい。悪いね、足を引っかけちまった」

抱えてみると随分と小さな体だ。間近で見る肩とうなじと、微かに感じる鼻を擽る女の香り。間違いない、記憶に違わぬ夢主の香りだ。
永倉は目を細めて、夢主の体の線にそっと手を添わせてみた。背後から何気なく、体の砂を払う素振りを装って、丁寧に着物の上を滑っていく。
続けて、中身が崩れそうな風呂敷包みは整えて持ってやり、しっかり持つんだよとばかりに腕に触れた。そのまま手を伸ばせば手を握り、全身を包み込むことになる。

「すみません、私もぼぉっとしちゃって」

えへへと笑う夢主に、永倉から溜め息が漏れた。

「お前さんは本当に、相変わらずだねぇ」

「えっ」

「何でもないよ、ほれ、行くぞ」

こっちこっち。夢主を立ち上がらせて、先に進んで手招いてみせる。片目を閉じて首を傾げると、夢主もつられて首を傾げた。にこりと微笑んでから、無邪気に駆け寄る姿がどこか危なっかしい。このまま別の道を案内したら、どうなるんだ。
16年ぶりに出会った男を信じ切った無防備な様子に、永倉の瞼が半分閉じた。
 
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