まかない飯
□明】永倉さん夢 狸の手習い R18
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「それにしても大荷物だねぇ」
持ってやろうか、と差し出された永倉の手を拒み、夢主は首を振った。
夢主が抱える荷物の大きさは火鉢ほどもある。着替え一式に手拭いを数枚、さらしと真新しい包帯。支給品を使える身でありながら、予備の包帯まで用意している。おまけに、必要かもしれないと、夢主が勝手に詰め込んだ品々も嵩張っていた。
「一さん、陸軍兵舎でするコトが溜まっているみたいで、今晩泊まられるそうです。お怪我もされているのでいろいろと……とりあえず包帯だけ巻き直して私は帰るつもりですけど」
「ほぉぅ。だったら帰り道も送ってやるよ。遅くなるだろう、北の町はお前さんが思うより危ないぞ」
「そぅ……なんですか、でも結構遠いですよ、陸軍兵舎」
夢主の足でのんびり歩けば40分は掛かるだろうか。用を済ませてからの復路はまだいいが、そこから更に戻るのは相当難儀だ。永倉に何度も行き来させる訳にはいかない。けれども、遠い道のりを考えると怖さが込み上げる。きっと、日も暮れてしまう。
「だったら尚更、お前さんを一人に出来ねぇだろう。馬を借りるさ。借りられるだろう、馬で送って馬で戻ればあっという間だ」
「でしたら……」
女の割合が少ない北の大地の各町では、女を狙った犯罪が多かった。聞き覚えがある夢主は、永倉の提案にありがたく頷いた。きっと斎藤もそう願うだろう。
馬に乗るのは幕末以来だ。沖田が手綱を捌く馬に乗り、京都を脱出した。
──そういえば一さんが手綱を捌く馬には乗ったことがないな……。
歩きながらこうべを垂れて考え耽っていると、何もない道で躓いた。永倉は、こうなると予測していたかのように手を伸ばす。
「おいおい、大丈夫かい。さっき躓いた時に怪我でもしたかい」
「いえ、考え事をしちゃっただけで……本当に怪我をしてるのは一さんですから」
「アイツの怪我なぁ」
永倉が再会した時、斎藤は三角巾に左腕を預けていた。刀も、今は折れた刀を差しているが、碧血碑で見た時は空鞘だった。
「驚いただろ、アイツがあんな大怪我するなんざ」
らしからぬ姿に驚いたのは永倉だった。加えて、当然のように夢主がいる事にも驚いた。
皆に託された夢主を、この地で再び守れるのか。そもそも何故連れて来た。
ちらと目を落とすと、夫の身を案じて強張る気持ちを堪え、健気に笑顔を浮かべている。この笑顔を見れば、理由を察するのは容易い。
「はい、怖かったです。でも、闘いに身を置いているのは知ってますし……お世話するのは初めてじゃありませんから」
「今度は嘘じゃねぇもんな」
気丈に微笑む夢主に、永倉は冗談を言って笑わせた。
幕末、左肩から腕を痛めた斎藤が、大袈裟に振る舞って夢主を揶揄った。本当は支障が無いのに食事を手伝わせ、着替えを手伝わせ、初心だった夢主を大いに赤面させた。
とどめの冗談は度が過ぎて、夢主を怒らせたうえに嘘が露呈した。
夢主は思い出に浸り、細い肩を揺らした。小刻みに何度も揺れる肩、荷物に埋もれそうな顔は、赤らかに血の気を増している。
「いい顔するねぇ」
笑い続ける夢主の腕の荷物が、おもむろに崩れた。あっ、と声を出すより早く、永倉が手を添える。
我に返って風呂敷を抱え直した夢主の手に、永倉の手が重なっていた。
「ほら、持ってやるよ」
「大丈夫ですこれくらい、自分で持ちます。一さんに怒られちゃいますから」
「斎藤に怒られるのは嫌かい」
「嫌ですよ、誰だって人に怒られたくないでしょう、永倉さんだって」
「まぁ、そうだね」
この歳で人に怒られちゃあ笑えない。永倉は目を眇めてお道化た。
夢主は斎藤に怒られるのが嫌なのではなく、怒らせて、嫌われるのを恐れているのだろう。
大包みをぎゅうと抱きしめる夢主を見ていると、永倉は荷物ごと夢主の体を抱えたい衝動に駆られた。
「いいから貸すんだ」
「でも」
「いいから、貸しな」
貸さねぇならお前ごと抱きかかえちまうぞ。
吐きたい言葉を堪えて夢主を見下す永倉の威圧的な目に、夢主はすごすごと包みを渡していた。夢主は両手で抱えなければならない荷物を、永倉は片手で楽々と掴んだ。結び目を持ち、振り回せそうなほど軽々と持っている。
「あの、お願いします」
「いいってコトよ」
陸軍兵舎までの長い道のり。両手が不自由じゃあ何度転ぶか分からねぇからな。
揶揄われた夢主はほんのり頬を染めて頷いた。男の脈打つ欲を刺激する、羞恥の色。
──いけないねぇ、夢主。
「久しぶりだな」
「えっ、ぁ、そうですね、私と永倉さんも久しぶりですけど、一さんと三人で会うのも、ものすごく久し振りです」
そうじゃあ、ないんだがね。永倉は手にある荷物をぞんざいに扱いそうになり、大きく息を吐いた。
荷物を放り投げたら夢主は怒って泣くだろう。斎藤は怒るまい。夢主を責めることも無いだろう。俺を責めることも、無いだろう。そんな男だ。
陸軍兵舎までの道のり、たわいのない昔話の裏で、永倉は言葉にならない燻りを感じていた。