おつまみ

現】いつの時代の朔日か
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「あの、突然ごめんなさい・・・沖田君が是非って誘ってくれて・・・その、私も近くで仕事をしていたもので・・・はじめまして、苗字夢主と申します」

「初めまして・・・」

斎藤は戸惑いながらも一般的な初対面の挨拶を返した。
彼女にはまだ昔の記憶は無いようだ。
気付けば夢主の姿をつぶさに観察していた。

「さ・・・斎藤・・・一・・・さん・・・」

「っく」

思わず顔を見合わせる斎藤と沖田。
お前が教えたのかと睨みつける斎藤だが、沖田は激しく首を振った。

「沖田君とは、どういった・・・」

斎藤は落ち着いた顔を装って訊ねた。
冷静な顔とは裏腹に、心の中は様々な想いが渦巻いている。

「あの小学校と中学校が一緒で・・・高校は私が服飾科に進んだので別々の学校に・・・」

ちらりと沖田の顔を確認して夢主は続けた。
当時、互いに記憶は無くとも沖田は気付けば目で夢主を追っていた。
しかし服飾科ときては追いかけるわけにも行かなかったのだ。

「沖田君は普通科だったよね、幼馴染っていう程でもありませんけど、大人になって再会したら何だか懐かしくって、たまに一緒にご飯行ったりしてるんです」

「そうですか・・・」

斎藤はちらりと沖田を横目で見た。
隠していた訳ではないと沖田は慌てていた。
確かに仕事上よく組んではいるが、斎藤は無駄話を嫌い、仕事が終わると早々に社を出てしまう。話しようが無かった。

「再会したのも、つい先月なんですよっ」

沖田は問われる前に自ら言い訳をした。

「所で、どうして先程の名前は・・・沖田君かな」

「いぃぇ、お顔を見ていたら・・・口が勝手に・・・ごめんなさい、私ったら失礼ですね、あのお名前は・・・」

「斎藤一、ですよ。夢主さん」

わざと大きく首を傾げる斎藤に、夢主はまさかと驚いて両手で口を覆った。

「立ったままではなんですから、どうぞ。・・・夢主さん」

斎藤は隣りの椅子から鞄を持ち上げて席を開け、一番端の空席に鞄を移した。

「あっ、ありがとうございます・・・」

突然下の名前で呼ばれて戸惑いながら、紳士的な優しい微笑みに夢主は従っていた。
座った夢主は、ふと隣の斎藤の骨ばった横顔を見つめた。

・・・何でだろう、この顔を見ていると頬が熱くなるの・・・

横顔を見つめてあれこれ考えるが、どうして名前が浮かんだのか、分かるはずも無かった。

「斎藤さんは・・・」

「一で構いませんよ」

「えっ」

フッと目を細めて微笑む斎藤に、夢主の胸が大きく鼓動し始めた。

「お酒の席ですし、今日はめでたい正月・・・」

「はぃ・・・あの、は・・・一さんは・・・」

「何でしょう?」

斎藤はわざと大人ぶった紳士気取りの振る舞いを見せる。
マスターは大人しい常連客の珍しい振る舞いをにこにこ眺めながら、沖田と夢主に合う酒を作ってそっと差し出した。

「あっ、ありがとうござます。一さん、今日はお誕生日だと・・・」

夢主はマスターに会釈をして斎藤に視線を戻した。
斎藤はその視線を通り越して、夢主を挟んで沖田に睨みを利かせた。余計な事を話すなとの合図だ。

「マスター、」

斎藤の視線を気にも留めず沖田が声を掛ける。
マスターがカウンターの見えない手元から小さな小さなホールケーキを取り出した。

「安心してください、甘さ控えめ、マスターのお兄さん特製のお誕生日ケーキですよ」

沖田が得意そうに説明する間、マスターは三人分皿を揃え、小分けにしたケーキをそれぞれの前に置いた。

その間も沖田を睨む斎藤の表情を見ていた夢主は、見知らぬ自分の存在が目障りなのではと思い違いをした。

「初対面の私がお祝いをするのもってお断りしたんですけど、沖田君がきっと喜ぶからって、その・・・一さんが喜ぶからって・・・お邪魔でなければ・・・お祝いご一緒しても構いませんか・・・」

夢主は何故だかこの場を去ってはならない気がした。
にこりと優しく遠慮がちに微笑む夢主の笑顔は、いにしえのあの笑顔と何も変わらない。

・・・あぁ・・・

斎藤はその笑顔に溜まらず目を閉じた。
儚い微笑が愛おしくて堪らなかった。

「邪魔どころか・・・こんな日に出会えるとは、嬉しいですよ。夢主さん」

グラスを手にする斎藤に合わせるよう、夢主と沖田もグラスを手に取った。

「じゃぁ夢主ちゃん、お願いします」

「はぃ、えっと・・・」

沖田の勧めで夢主が乾杯の音頭を取ることになった。
 
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