おつまみ

明】北】君の幽霊
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斎藤が沖田に別れを告げたのは、函館山の麓に佇む慰霊碑、碧血碑の前だった。

「ここにはいない。……土方さん」

残された沖田は気持ちを決めた。大好きな土方を探すため、斎藤から離れよう。
このまま土方を見つけ、共に冥土へ旅立とう。それでいい、斎藤の導きどおり、本当の居場所へ向かおう。

去り行く斎藤を見送った後、沖田は上空から碧血碑の周りを眺めた。
木々が色づく実りの季節にもかかわらず、とても静かだった。
沖田は碧血碑を離れると、函館の地をひとり、ひたすら漂った。




斎藤は函館山での任務直前、戊辰戦争最後の戦い・箱館戦争で散ったかつての同志達にもう一度挨拶すべく、碧血碑を訪れていた。
生き残った者として今一度、役目を果たす。だから安心して眠っていろと、誰にも見せぬ本音を念じた。

碧血碑から目的地は目と鼻の先だ。目的地は軍の歩兵等が集まる合流地点。
碑に向かい手を合わせて挨拶を済ませ、一服済ませて行くかと煙草を取り出した時、背筋にとてつもない悪寒を感じた。

今まで味わったがない感覚だ。
素早く振り返れば、予想通りの光景が目に飛び込んでくる。斎藤は警戒を解く代わりに、深く項垂れた。

「……それで、何故また俺なんだ」

悪寒は既に消えている。
呼び掛けに反応が無く、顔を上げれば、朗らかな笑顔と涼やかな笑顔が並んで己を見下ろしていた。
そう、苛立ちで引き攣る眉で睨む空中には、死霊が二つ、浮いていた。

沖田が去り、俄かに淋しく感じたのは事実だ。
だが何故再び、こんな事態は望まないと溜め息を吐く。

「土方さんまで一緒とはどういうつもりだ」

「あははっ、案外と早く見つかっちゃいましたよ、斎藤さん!」

キッと剣気を当てるが暖簾に腕押し、幽霊に殺気だろう。からからと笑い声が返ってくるだけで、斎藤の苛立ちが増した。
空中で笑い転げる沖田の隣、土方が胡坐姿で浮かび、にやにやと笑んでいる。

「しょうがねぇだろう、生き延びた奴なんざお前ぐらいだ」

「そんな事は無いでしょう、永倉さんはどうです、島田は、他にもいるでしょう」

「新八んとこぁ駄目だ、俺好みじゃねぇ。島田んとこは苦労してるらしいじゃねぇか、見てて辛くなるぜ、今更俺は京都に興味もねぇしな」

「それに一番苛めて楽しいのは斎藤さんですからね」

──何っ。
ぴくぴくと痙攣していた斎藤の眉が、ピタリと止まった。代わりに眉間に深い皺が刻まれた。

「やっぱお前の所が一番だな、夢主だよ、いいよな」

次の瞬間、斎藤の抜いた刀が空を切り裂いた。
乾いた音が鋭く響き、振動が実体のない二人を震わせた。

「あぁっ、あぶねぇなぁ! 体があったら死んでるぜ!」

「もう死んでるんですよ、土方さんも、沖田君お前もだ」

夢主の名を口にしたせい。察した沖田は、土方を引き剥がして距離を取った。
これまでにも斎藤が突っかかってきたことはあるが、今回ほど怒りを露わにしたのは初めてだ。

「今まで大目に見てきたがもう成仏させてやる、充分未練を満喫しただろう」

「それを言うなら未練を断ち切ったですよ」

「黙れ」

常に沈着冷静な斎藤が、斬れないと知って空に浮かぶ自分達に向け本気で剣を突き立ててくる。
生きている時ならば危うかったと、さすがの沖田も苦笑いだ。

「成仏しろ」

このまま本気で除霊されてしまう気がした沖田は、慌てて謝った。

「すみません、すみません! ほら、今度は近藤さんを探してきますから! お首が行方知れずでしょう?!」

「ならばさっさと行って来い、そして二度と顔を見せるな」

一気に空高く昇って二人は、斎藤の怒りから気逃げ切った。
遥か上空から、ようやく納刀する斎藤の姿が見える。
沖田は空っぽの溜め息を吐いた。

「駄目じゃありませんか土方さん!」

「だってよぉ、そうだろう? 連中の嫁さんの中で夢主が一番俺好みだぜ」

「黙っていればそばで覗けたんですよ」

「なんだ総司、お前覗きたかったのか」

「僕はそんな下衆なコトはしません!」

「ふぅん、怪しいもんだなぁ。今までどうしてたんだ? まぁ今はいい、まずは近藤さんだ。近藤さんを探してやろうじゃねぇか、アイツの言う通りよ」

「それで、見つかったら……」

「もちろん斎藤んトコに押しかけてやるさ。俺を追い払ったことを後悔させてやる」

「あははっ、土方さんも相変わらずですね」

「一度死んだくらいで性格が変わるかよ。行くぞ、総司!」

「はいっ!」


点のように小さくなった二人を斎藤は見上げていた。
かつての同志は、何やら談義を済ませて、空の青さの中に消えていった。
斎藤は再度大きな溜め息を吐いて刀を納めた。

「やれやれ……、何やら企んでいそうだが、まぁ、行ったか」

──行っちまったな。

胸の奥に生じた若干の引っかかりが気になるが、それもすぐに埋まるだろう。己には任務が列を成して待っている。いつになっても無くならない。

家に帰れば待つ者がおり、笑顔を見せてくれる。
幼い我が子は、ろくに顔も見ていないはずの父に対し、両手を広げ駆け寄ってくれる。
留守の父のことを語り聞かせてくれる、全ては妻のおかげなのだろう。

「さて、五年越し、ようやく掴んだ悪党の尻尾だ。さっさと正体を掴んで斬り刻み終わらせてやる」

斎藤は先程出し損ねた煙草を取り出して咥えると、歩き出した。
函館山で壊滅させられた警官隊の後続として一人、歩兵第五連隊第二中隊と合流する。
たった一人。一人だが、一騎当千の存在として向かっている。

『北海道ノ未開地ニ 正体不明ノ武装集団アリ』

斎藤は五年前に受けた電文を頭の中で繰り返しながら、合流地点である函館八幡宮を目指した。
やがて、隊を鼓舞する指揮官らしき男の耳障な太い声が聞こえてきた。





──完──





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