おつまみ

幕】最期の白
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夜空に浮かぶ大きな月の、白く綺麗な光が反射した。
白く白く清らかな光は、澱みの中の清里に生きる希望を思い出させた。

・・・・・・あぁ、巴・・・・・・

白い小袖が良く似合う、白梅の香りがする、俺の愛しい人、雪代巴。

目を閉じると先程の白さが蘇る。
思い出される温かな日々。

俺は知っている。
同じ町で育った君は、いつも俺の背中を探してくれた。
背中に温かいものを感じて振り返ると、いつも無表情な君が少しだけ、ほんの少しだけれど、笑っていた。

君を生涯の伴侶に選んだ時、とても驚いていたけれど、大きく丸くした目の奥で、君は嬉しそうに笑っていた。
俺だけが知っている、君の笑顔。
皆が気付かない、君さえも気付いていないかもしれない、君の笑顔。
ずっとずっと、俺が守っていきたかった。

それなのに、俺は・・・・・・こんなところで・・・・・・

どうして、こんなところに・・・・・・

あぁそうか、次男坊の俺が君を幸せに出来る一廉の武士になる為、京に上るからと祝言を先延ばしにしたんだ。
君には辛いを思いをさせたね、待たせてしまい申し訳ない。

だけど大丈夫だ、本当に、君を幸せに・・・・・・

「死・・・死に・・・たくない・・・・・・」

突然視界を覆う光が消え、漆黒の地面が目に映る。
俺の血。力が入らない。

「やっと・・・祝言・・・なのに・・・ずっと・・・愛して・・・い・・・けると・・・思った・・・のに・・・」

力を振り絞り顔を上げると、薄暗い路地の先に小さな光が見えた。
小さな光は、すぅ・・・と形を変え、遠い路地に女の後ろ姿が浮かび上がった。

そっとこちらを振り返り、薄っすら優しい笑みを浮かべている。

「と・・・」

巴・・・・・・。
清里がそう名を呼ぼうとした時、鈍い音を聞くとともに背に一瞬の激痛を感じ、全てを失った。

人を斬るには向かない満月と沢山の星々が輝く夜。
晴れやかな夢を語るにふさわしい、美しい月夜に似つかわしく無い惨劇で命が消えた。

見届けた人斬りの仲間が素早く検分に入る。
働きを終えた抜刀斎は立ち去ろうと後の始末を仲間に頼んだ。

歩み出した時、初めて抜刀斎は斬った相手を見返った。
幾人も斬り殺してきたが、死体を振り返るのは初めての事。
汚れた石畳に伏せて息絶える姿。その姿は、死してもなお生きようと願っているように見える。

──君だけはどうか幸せに・・・笑顔で・・・巴・・・・・・

既に動かない清里が、今際の際に願った想い。
誰にも届かない想いに応えるよう、抜刀斎は口を開いた。

「来世で、幸せになってくれ・・・」

抜刀斎の呟きは誰にも届かず、京の闇に飲み込まれた。

くるくると回り出した運命の歯車。

命を失った男と奪った男。

雪代巴は清里に自分の想いが届いていたとは露知らず、二人の男の間で人生を狂わせていく。

くるくると、くるくると。
回り出した歯車は、壊れるまで悲しく回り続ける。
 
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