おつまみ

現】もしも彼らがバンドマンだったら
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音楽の世界には人知れず活躍する演奏家が少なくない。
ギタリスト、ベーシスト、ドラマー。
スタジオミュージシャンと呼ばれる彼らは、有名無名を問わず数多のアーティストのレコーディングやツアーに参加し、その腕を惜しむことなく披露する。
演奏に徹したい者や表舞台に立ちたくない演奏家にはうってつけの仕事だ。
海外公演やアルバム収録、人気の実力者は様々な仕事が詰まり、来て欲しくても叶わない現場は多かった。

ある時、その筋の凄腕を集めようとひとつの企画が立ち上がった。
誘いを受けた一人、斎藤一は知る人ぞ知るベーシスト。
面倒な話を引き受けた理由は、同じく職人として名高いギタリストの四乃森蒼紫の名前が企画書にあったからだ。
元々ドラムを叩いていた蒼紫だが、恵まれた才能故に現在はギターを弾いている。
たまたま彼の演奏の現場に居合わせたことがある。
好い。理屈抜きでそう感じた。

一番スポットライトを浴びるボーカルはまだ決まっていない。
そうそうたるプレイヤーの中で埋もれない声を探すのには難航しているようだ。

初めての顔合わせに集まったのはギターの四乃森蒼紫、ベースの斎藤一、そしてドラムの相楽左之助だった。
左之助はもともと自らバンドを組んで活動していたが、様々な事情から仲間が次々音楽をやめてしまった。
人懐っこく顔が広い左之助は、プロデューサーの推薦で今回の企画に呼ばれたのだ。

曲は仕上がっており、あとは歌い手を探すだけの状態。
息を合わせておけと何度か集まり、演奏する場が与えられた。
もっとも人前に立つわけではなく、音楽スタジオでの演奏だ。
いわゆる練習だが、斎藤にとって練習など存在しない。ただ楽器を手に演奏し、そこに在る。
音の中に在ることが心地好い、それだけだった。

それ故に、意図しない不協和音は不愉快極まりない。
この日も横頭を突然叩かれるようなズレた音に斎藤は舌打ちをした。自ずと手が止まる。
馴染みが薄い相手にも容赦はしない。互いにその道のプロ、超一流として選ばれここにいるからだ。

「また貴様か」

「んだよ、悪かったな!」

反省しているのか分からぬ悪態を返すのは、タイミングを外してしまった左之助。
パワーがある左之助は迫力あるドラムを叩く。感情的な性格がそのまま演奏に現れ、表情豊かな音を出すのはよいが、その感情が走りすぎて外してしまうのだ。
それはほんの僅か、聴く者の殆どが聞き逃してしまうズレだ。
だが斎藤は癇に障って仕方がない。意図して外すのと外れてしまうのでは雲泥の差がある。度重なる心地悪いズレに苛立っていた。
 
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