おつまみ
□現】もしも彼らがバンドマンだったら
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蒼紫は気の向くままに音を打ち鳴らした。
終わるころには薄っすら蒸気が出ているのでは、そう感じるほど自分の体が熱かった。
マスターと共に斎藤が数回だけの短い拍手を送る。
蒼紫の腕は申し分ない。こうしてこの男の音の中にいるだけで気分が高揚する。それでいて不思議な安らぎがあるのだ。
「最高だ。やはりお前が叩け、お前のギターは申し分ないがギターなら何とか心当たりがある。ドラムはいない」
「左之助は駄目か」
「ありゃぁ駄目だろう」
蒼紫が座ると、マスターがそれぞれに酒を作って静かに並べた。
「確かにパワーがある。迫力はいい。客を引き付けるにはもってこいの人材だろう。だが今回はそうじゃない」
「技術が最優先、か」
「俺とは相性が悪い」
「俺は悪いと思わんが」
「あいつは先走りすぎる。今日も何度外した。感情豊かな演奏は認めるが、抑えきれずに先走るんじゃ意味がない」
斎藤が珍しく熱弁をふるい、蒼紫は面白いなと様子を観察している。
喉に酒を通した斎藤が横目でぎろりと睨みつけた。
「可笑しいか」
「いや、すまない。確かにお前の言う通りだ。だが俺はあれでもいいと思っている」
「何だと」
「左之は荒い、認めるが俺達には出来ん演奏だ。違うか」
「俺はしたいとは思わん」
おもむろに蒼紫が視線をずらした。微かに顔を振ってお前も見てみろと合図する。
促されるままに斎藤が目だけを動かすと、店の扉が僅かに開いており、中を覗く目が見えた。
「あの馬鹿」
「構わんだろ。入って来れぬと悟っているだけ賢いじゃないか」
斎藤が眉間に深い皺を作ると、蒼紫は可笑しそうに窘めた。
「お前が来る時に既にいたのか」
「いや」
「ほぅ」
ならばと斎藤は立ち上がり、ニヤリと顔を歪めた。
決して入り口に顔は向けないが、わざとらしく大きな声で独り言ちる。
「お前が叩けか、全くもってそうだな。俺だって出来ない人間に言われたくはないもんだ」
この日二度目となるドラムの前。
もう具合を確かめる必要もない。スティックを持った斎藤はいきなりトップスピードでタム回しを始めた。
スティックで叩く四つの太鼓をハイスピードで打ち鳴らす。正確で狂いのない同じ調子の高速タム。
たまにシンバルが鳴らされる度、覗く左之助は心臓を打たれるように驚いて体をびくりと弾ませた。
やがて正確なリズムからアレンジを加えたリズムに代わり、息をするタイミングが掴めずに、覗く左之助の呼吸が荒くなっていく。