おつまみ

北】第十五幕 幕間・おとこたちの宴会
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緋村が戻るとすぐに包みは解かれ、小さな宴が始まった。
明るく気さくな永倉が場を盛り上げ、初めは遠慮していた緋村もすぐに打ち解けた。
丁寧な口調を忘れ、竹馬の友のように飾らぬ言葉で言い合いを始める。

賑やかな二人を尻目に、普段は酒を避ける斎藤も猪口に酒を酌んで口に含んだ。
美味い。
元来、酒は好物だ。
気を許せる仲間の前で飲む酒はこんなに美味かったのか。
忘れていた感覚が少しずつ蘇ってくるようだ。

酒を呑めば肴にも手を伸ばしたくなる。
用意された品々を見て、楊枝が刺さった大根が目に留まった。
猪口を置いて楊枝を摘まみ、一口かじって思わず確認してしまった。
大根、そう、漬けられたこれは沢庵だ。

「この味」

「美味いでござろう、店の主人が言っていた。箱館へ来た土方歳三がよく好んで買っていたそうだ」

「副長が」

永倉と取っ組み合うように言い合っていた緋村が、沢庵を食べて動きを止めた斎藤に気付いて笑いかけた。
店の主人の話は元新選組の二人を喜ばせるだろう。店で感じたその思い通り、冷静な男が珍しく驚いた顔をしている。
見ていた永倉も話を聞いて沢庵を口に放り込んだ。

「おぉ、懐かしい味がするなぁ!よく似てる!」

「どこかで食べた味でござるか」

「あぁ、京にいた頃、付け合わせによく出てた沢庵の味にそっくりだ、な、斎藤」

「確かに似ている」

忘れていたものが次々と蘇る。
それは懐かしい男がそばにいるからか。
緋村も年若い抜刀斎か、それ以前の己が知らぬ頃に戻ったように、ムキになって叫んだり普段より幼い振る舞いを見せている。

・・・何だ、随分とおかしなもんだな・・・

沢庵の味に沸き起こった懐かしさ。
昔話を「そうだ!」「違う!」と言い合う二人の姿が、新選組の羽織姿と人斬りの若造に見えてくる。
違うのは向け合っているのが刀ではなく、笑顔だという事。
いや、永倉さんは笑っているが緋村はおちょくられているな。
面白がって眺めていると、周りにも懐かしい顔が見える気がしてきた。

・・・土方さん・・・

何かを感じて顔を上げるが、当然そこに己を見つめる男はいない。

「俺もどうかしているな」

フッと笑んで沢庵をもう一つ取り、小さくかじる。
それを見て永倉も口に追加した。

「うん、美味いなぁ!」

「えぇ」

大きく喜ぶ永倉に対し、小さく懐かしさを噛みしめる斎藤。

くす・・・

顔をほころばせた緋村に気付き、斎藤はフンと睨みつけてから残りの沢庵を口に放り込んだ。
噛めば噛むほど懐かしさが増してくる。
懐かしさに頬が緩むのを抑えながら、感じる視線にちっと舌打ちをしたいのも堪えた。

見つめる緋村も「美味いでござるか」と聞きたくて仕方がないが、その言葉は斎藤の機嫌をさらに損ねてしまうだろう。
目の前で黙々と口を動かす渋い顔に、困り顔でははっと笑おうとした時、

「美味い」

小さな感想が聞こえた。

思わず目を丸くして、こりこり音を立てる斎藤を見上げた。

「え・・・」

「美味いと言ったんだ」

もう二度と言わんぞ。
ぷいと目を逸らされたが、緋村は嬉しさで口元が緩んでいった。

かつては互いの命を懸けて闘った相手。
共に闘うのは何度目か。
一度目は力を貸した。
二度目は力を借りた。
今度は共に、手を組んで闘う。

永遠に犬猿の仲だと思っていたが、少しは分かり合えるかもしれない。
そんな想いに纏まりかけた時、永倉の言葉に対し、声を揃えて否定する自分達がいた。

「おぅおぅ、やっぱりお前ら仲良しさんだなぁ、実は似た者同士なんじゃねぇか?」

「「似てない!」似とらん!」

言い終えて顔を見合わせてしまった。

否定するが、実は一番近い男かもしれない。

・・・認めたくはないが・・・

目を合わせ互いの顔を黙視したが、緋村は素直に苦笑いを見せ、斎藤はフンと鼻をならして、小さな宴の再開となった。

命のやり取りを越えて魂で繋がった士達。

すっかり日が暮れた函館山の麓。
三人を取り囲むように、碑の周りには無数の光が瞬いていた。


―完―

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