おつまみ

幕】月夜の操り人形
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夜闇に響く土を掘る湿った音。
雨の後は土が重い。けれども水を吸った土は堀りやすい。

私は墓暴きの罪を犯している。
あの日、美しい月夜にある男に出会ってしまったから。

――私の屍人形の素材となるか、素材の入手を手伝うか、どちらが良い

奇妙な機巧人形で人を襲う男に迫られた選択。
逃れられず、あれから罪を重ねて今宵に至る。

「もぅ、どれだけ深く埋めたのよ」

掘っても掘っても出ない死体桶。
嫌になって円匙を乱暴に突き立てた時、突然手首を掴まれた。
今まで人の気配は無かったのに墓守がいたなんて。

「誰だ貴様」

男の声。
諦めて振り返ると驚いた。
月が隠れて顔は朧だが、背の高い壬生狼が一人。
仲間の墓を見に来たの、だんだら羽織だけが良く見える。

「何だ貴様は。巡察帰りに立ち寄ってみれば」

「私は・・・」

「新選組の墓を暴くとは随分な度胸だな。女か」

月を隠す雲が流れ、男に顔を見られてしまった。
視線が私の体を這う。本当に私は終わりみたい。

「・・・頼まれたの。男の死体が要るって・・・」

「死体?死体など何に使う」

「知らないっう痛たたっ、話す、話すから痛いっ」

はぁっ、はぁっ・・・

捩じ上げられた腕を解放され、痛みで上がった息を整える。
肩や胸が大きく揺れた。

「その前に、着物がはだけているぞ」

「っ、もぅっ!」

「勝手に見せておいて随分な反応だな」

肌を見られるのは嫌だけど、肌に残る痣を見られるのはもっと嫌。
大丈夫、この薄明かりなら。

「土を掘るのは大仕事なの!好きでしてるんじゃないんだから」

「ほぉ。墓荒らしは誇れる仕事には思えんがな。さて、解放してやったんだ話せよ。さもなければ」

男の手が刀に掛かり、ちき・・・と冷たい金属音が鳴った。
私を斬るのに躊躇しないみたい。
ここで死ぬのはちょっと、嫌・・・

「頼まれたのは本当・・・恩も何も無いから正直に話すから、刀だけは・・・」

「・・・いいだろう」

物分かりのいい人。本当に刀から手を離してくれた。
あの人もこれくらい話が分かればいいのに。

「どうした」

「いえ・・・私を使っている男を思い出していたの。黒子外印・・・年寄りよ」

「お前の名は」

「・・・夢主。貴方は」

聞き返されて男はククッと喉を鳴らした。
背が高いから見下ろされて、そんな風に笑われると余計に癪に障る。
でも少しだけ・・・ほんの少しだけ体の奥が熱くなった気がした。

怖い顔してるのに、綺麗な瞳で・・・綺麗な声。
体に染み入る声は外印と全く違う。
ううん、これまで聞いたどんな声より私に馴染む。
変なの、壬生狼の声に温かさを感じるなんて。

「俺に名前を聞くとは、立場を分かっているか」

「ごめんなさい、なんとなく聞いただけです・・・」

立場を忘れて知りたいと思ってしまっただけ・・・

「斎藤一だ」

「え・・・」

「新選組三番隊組長、斎藤一。確かに誰かを捕縛する際は名乗るのが定石だ」

「斎藤さん・・・」

「で、続きを忘れるなよ、夢主とやら」

「は、はい・・・外印は死体を使って武器を作るんです。頑丈な男の体をと言われて、それでここに。壬生狼の噂を聞いたから・・・」

「成る程。新選組の男なら頑丈だな」

「男の死体は嫌・・・重くて荷車に乗せるのも一苦労だもん・・・」

「死体を集めてどうする」

「機巧人形を作るんです。死体から人形を・・・鋼線で操るそれは奇怪いな、でもとても強くて。作る姿を見てしまって、脅されて逃げ出せなくて・・・」

「人形にされるか、手伝うか、か」

「何で分かるんですか!」

「他に何がある。死体を細工するなら人里離れた場所。大方お前は人買いに売られて逃げ出して、山中で逃げ込んだ家が運の尽き、違うか」

「凄い・・・斎藤さん凄いですね、全部その通りです」

「東言葉のお前はこの土地の者ではない。戻る故郷も頼る者もなし。丁度いい、屯所が移って人手不足なんだ。その気があるなら働かせてやるぞ」

「へっ・・・でも、私・・・」

「空の墓を掘っていただけだろう、墓荒らしには違いないかもしれんが俺達の管轄じゃないんでな」

「空・・・」

「そこは空だ」

「えっ、だって確かに葬儀が・・・」

「あれは見せかけだ。隊内の間者を炙りだす為のな、ある男が死ねば動くと読んで偽りの葬式だ。まさか墓荒らしが引っ掛かるとは」

「そんな・・・」

「だがおかげでお前は晴れて仕事にありつける」

「本当に・・・本当にいいんですか」

あの修羅の家を逃げ出せるなら廓の方が極楽かもしれないと思い始めていた。
でも死人への侮辱、罪人の私を受け入れるなんて信じられない。

「俺は生きる者の命を奪う。仕事でな。死者を囮に使いもする。お前が負い目を感じることは無い」

「嘘です・・・私と貴方は違う。罪を承知で私は」

「そろそろ東国の女を抱きたいと思っていた」

「抱き・・・えっ、何を」

「京の女は好かん。お前はいいな、土臭い」

「だから何をっ、仕事って屯所のお手伝いじゃ」

「勿論そうだ。そっちの話は個人的にな」

何を言っているの、浮かんだ涙はすっかり引いた。
壬生狼ってこんな人達なの、常識外れで・・・

「そんな顔するな、獣じゃあるまいし今すぐ取って食おうってんじゃない。まぁ少し話すか」

「ごめんなさい、話の意味が分かりません・・・」

「そのうちでいい、すぐ俺に惚れるさ」

「っ・・・惚れ・・・」

フッと首を傾げると斎藤さんの長い前髪が揺れて、不覚にも心の奥でドクンと音がした。

「その様子ではもう十分か」

「違っ、何言ってるんですか、そんな急に!私、男の方なんて」

「知らない、か。廓に売られるとこだったんだろ、俺一人で済みそうだぜ、良かったな」

「斎藤さん!」

冗談なのか本気なのか、ぐいと体を寄せて私に迫る斎藤さん。

やめて・・・そんな瞳を見せないで、鋭くて怖い目なのに、優しく見ないで・・・
もう長いこと、誰かの優しい目なんて見ていないのに・・・

「白粉臭い女は好かん、お前が丁度いい」

「んんっ、待ってください」

強引な人。私を掴んで連れて行こうとする。そんなに引かれたら転んじゃう。
抵抗したら振り返った斎藤さん、少しだけ怖い顔に戻ってる。怒ったのかな・・・

「外印とやらの元へ戻りたいのか」

「違う・・・違います」

血の気が一気に引いていく。
怒鳴られ叩かれて、酷い臭いに吐いては怒られて。
逃げられると思ったら二度とあんな地獄には戻りたくない。

「嫌です、もうあそこには戻りたくありません・・・だから、だから・・・」

「分かった。時間が必要だな、悪かった」

斎藤さんはニッと笑んで、羽織の袖で私の顔を拭ってくれた。土汚れと、零れる涙を。

それから、少し優しい顔を見せて

「俺は本気だ」

そう言った。
何もかもが嘘みたい。あの男のくすんだ瞳とさよなら、この人の綺麗な瞳を見ていられる。
嫌な腐敗臭ともさよなら、これからは・・・

「斎藤さん、いい匂いがします・・・」

「そうか。お前にも染みつくさ」

斎藤さんは袖から手を出して私に触れて、私は目を瞑った。
瞼の向こうに感じる明るい月。

月夜の思い出が変わりそう。
美しい月明かりの中、私は初めて男の人の唇を知った。

それから私にある無数の痣が消える頃、私は斎藤さんに新しい痕をもらった。
熱くて優しい、斎藤さんの唇で。
 
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