おつまみ

明】大切で特別な人
1ページ/2ページ


密偵として影働きをする斎藤一。
その斎藤以上に身を潜めて活動する者がいた。
苗字夢主、女でありながら警部補の職に就く。

幕末、榎本武揚と共に欧米を巡った経験の持ち主で、博識かつ武術に長けていた。
箱館戦争や西南戦争を乗り越えた経験は伊達ではない。男に力で劣ろうが、警察の道場で夢主に敵う男はいなかった。斎藤ですら勝負が決しない。

夢主は警察内部では知られた顔だが、一般の者達、すなわち斎藤と関わりのある緋村剣心やその周辺の者達に顔は知られていなかった。

志々雄一派討伐の京都遠征に夢主も参加する。
そこで初めて皆の前に姿を現した。

「苗字夢主です、よろしくお願いします」

斎藤に紹介された緋村抜刀斎こと緋村剣心、相楽左之助。
二人は目を丸くして驚いた。
背は緋村より低く、肩幅も人並み。凛とした眼差しで美しいが、どこか愛らしさを感じる顔立ち。
歳は斎藤と同じだが、幼く見える為、言わなければ分からないだろう。何より女である。

「お主が密偵・・・」

「大丈夫か、普通の女じゃねぇか」

「見た目で判断すると痛い目を見るぞ、喧嘩屋」

まさか庇ってくれるとは思わず、夢主は斎藤を見上げた。
この二人の男と斎藤は直ちに大阪湾へ向かう。
京都に残る夢主が京都大火を防ぐ為の指揮、五千人の警官を任された。

「藤田さん、京都は任せてください。ご武運を」

「あぁ、お前もしっかりやれよ、夢主」

人の名を親しげに呼ぶなど考えられない男が、夢主と呼んだ。
緋村剣心と相楽左之助が驚きの目で斎藤を見る。
しかし悠長に話している間はない。

「行くぞ」

斎藤に導かれ、男達は馬車へ乗り込んだ。
外に出て見送る間も無く、自らも動かねばならない。

「本当に、ご武運を・・・」

斎藤は甲鉄艦煉獄へ乗り込む気で出て行った。
敵の首領・志々雄真実、恐らくはその側近らも共にいるはず。
京都大火は数で制圧するのは容易かろう。

一方、志々雄達の討伐で数は無意味。少数精鋭で構わない。
だが手練れの斎藤や、その昔名を轟かせた緋村抜刀斎がいるとはいえ、心配は尽きない。

「人の心配よりも、動かないと」

夢主はすぐさま京市中に隈なく警官を配し、また街道の入り口には腕の立つ警官を配した。
火付けの一団が目立つ行軍をすれば、すぐさま伝令が走り、応援が駆け付けられる手筈も整っている。
差し当たっての指揮は京都警察署の署長に任せ、夢主は実務の上で指揮を執っていた。

態勢は整ったか。
夢主は自ら市中を見廻った。

「ひっ」

「どうしましたか」

京都警察署で見かけた巡査が、町屋の屋根から降りてきた夢主を見て短く悲鳴をあげた。

「失礼しました、何でもありません!」

警察署で上着を羽織っていた夢主、今は邪魔だと署に置いてきた。
黒いシャツに、髪は高めの位置で後ろに一つに纏めて垂らしている。
その姿に抜刀斎の姿を重ねたとは、幕末の京を知る中年巡査は言えなかった。

「やれやれ、しっかり頼みます」

妙な怯えを見せる巡査を励まして更に移動した夢主、またも妙な連中に遭遇した。
場所は噂に聞いた、料亭葵屋。
騒いでいるのは藤田警部補から話に聞いた娘達だ。

「京都御庭番衆、の皆さんでしょうか」

「何よアンタ!」

丁寧な言葉で柔らかい声、だけどどこか偉そうだと、声を掛けた女に操が噛みついた。
夢主は嬉しそうにニコリと口元を動かした。

「本当にいたのですね」

「当たり前でしょ!私は京都御庭番衆御頭、巻町操!この町は私達の町、自分達で守らなくてどうするの!」

「ふふっ、威勢がいいですね。藤田警部の話通りです」

「藤田警部補ってまさか・・・こーーんなつり目の殺し屋みたいな斎藤一のこと?!」

「殺し屋とはまた言いますね、あながち外れではありませんが。そうです、元新選組三番隊組長、斎藤一、今は藤田警部補、私の同僚」

「同僚?!アンタも警官?!」

上着も制帽も置いて来た。傍目に警官とは分からない。
しかし黒いシャツ、腰にある革ベルトと日本刀、手には白い手袋。
斎藤と瓜二つの装いに、一同は夢主が密偵だと結び付けた。

「藤田警部補は貴方達のお友達と大阪湾に向かっております」

「お友達って、剣心!」

「貴女が神谷薫さんですね、初めまして。成る程、勝気で危なっかしい狸娘とは上手い例え」

「たっ狸・・・いえ、そうです、私が神谷薫です。剣心が大阪湾に向かっているんですか」

「えぇ。藤田警部補ともう一人と、志々雄達を止めに。私達は京都大火を防ぐのが役目。ご協力いただけるようですが」

町の地図を広げ、操が皆に指示をしていた。
水の支度や火付けという言葉が聞こえた。

「はい、操ちゃんが指揮を執ってくれて、町中の皆で寝ずの番をするつもりです」

「そう、京の皆様は町を想っておられるのですね。ご協力感謝いたします。ただし無理は無用、駄目だと思ったら素直に警官に預けてお逃げください」

「何よっ、ちょっと数が多いからって!御庭番衆の力を舐めないでよ!」

「ちょっと操ちゃん、待って」

「ご免なさい、侮ったつもりはありません。とにかく、自分達の身を最優先に。困ったら呼び子を、持っているのでしょう」

「あ・・・」

御庭番衆たる者、呼び子を持っている。
持っていなくとも周囲に知らせる術を持っている。
暗に御庭番衆を認めた夢主に、操は勢いを失った。

「何か・・・あの斎藤の知り合いだから態度悪いと思ったけど、その、わかったわ。必ずこの町は私達が守るから!」

「いい調子ね。ではよろしくお願いします、御頭さん」

夢主はフフッと笑って葵屋に背を向けた。
余裕を感じる大人の女。
操と薫、もう一人、黙って大人達のやりとりを見ていた弥彦は、去って行く背中に憧れを抱いてしまった。

何だかカッコイイ・・・

そんな声が聞こえ、夢主はくすりと笑った。
 
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ