おつまみ

明】大切で特別な人
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捕らえた十本刀の証言通り、日付が変わる頃に京都への火付けが始まった。
しかし事前策に抜かりはない。
御庭番衆と町の者達の手助けも大きく働いた。無数の火種は次々消された。

深夜、煉獄から戻った斎藤、市中警備を終えて戻った夢主は、互いの任務を報告し合った。

「――俺の報告は以上だ。お前も大変だったな。全焼零件、半焼七件、小火は五十弱が発生するもすぐに消し止められた。やるじゃないか」

「でもこちらの死者は四十一名、重傷者も多数。思った以上に・・・」

京の町に火の手は上がらなかった。
それでも夢主は損失が思った以上だと首を振った。
張っていた気を緩める為か、結い上げていた髪を解き、更に首を振る。
汗で湿りを帯びた髪はそれでも美しく、少し重そうに揺れて広がった。

「そうか、俺は上出来だと思うがな。お前は自分に厳しいな」

「そうではなくて、ただ守れなかったものが多いなと、そう思っただけです」

「守れなかったもの、ね」

俯く夢主を見て、斎藤は懐かしい男を思い出していた。

夢主が榎本を通じて加わった幕末の戦い。
はっきり聞いたわけではないが箱館戦争の最中、夢主は土方副長といい仲にあったらしい。そんな噂が届いていた。
本人に軽々しく訊けはしない。
だが、守れなかったものと呟く夢主の目は、ここにいない誰かを見ている。

「一番守るべき民と町は守られた。お前はしっかり役目を果たしただろう、責めるなよ」

「・・・そう思って、いいのかな・・・」

珍しく見せる弱気な姿。
斎藤と夢主は難しい任務ほど行動を共にする。
常に前を見据え、危機に陥っても決して諦めず活路を開く。幕末の生き残りと呼ぶに相応しい女だ。

「あぁ。それとも、何か守れなかったものでもあるのか」

斎藤は一歩踏み込んだ。
間もなく、志々雄達との最後の決戦に挑む。
無論生きて戻る気でいるが、これまでのどんな戦いよりも難しい任務になる。

心残りとまではいかないが、訊いておきたい。
理由は無いが、悲しそうな顔を見つめるうち、斎藤は問わずにいられなくなっていた。

「守れなかったもの・・・ありますよ、私にだって・・・」

「そうか。辛いな」

「・・・藤田さんにだっているでしょ、沢山・・・」

「ある」から「いる」へ。
夢主は確実に誰かを思い浮かべている。
斎藤は席を夢主の隣に移した。

「あぁ、いるさ。沢山な」

「フフッ、似た者同士ね」

「似ているかもしれんな、俺と・・・お前は」

やけにしんみり語る夢主の淋しげな気にやられた斎藤、甘い雰囲気を茶化す為にわざとニヤリと目を細めて夢主に迫った。

「ちょっ、何よ、急に。これだからサイトーさんは!」

「怒るなよ、冗談だ」

すぐに顔を離して椅子に背を預けた。
おかげで夢主は怒鳴る元気が戻っていた。顔が赤いのが斎藤には面白い。

「冗談に決まっています!だって」

貴方には妻子がいるじゃないの。
私と違って、待つ人がいる。

夢主は言葉を飲み込んで顔を逸らした。

どう足掻いても一人では乗り越えられない壁を、斎藤は何度も共に越えてくれた。特別な存在だ。

昔恋した男を知っていて、気付いているのに名前を出さないでいてくれる。
普段そっけないのに、とても優しいところがあの人にどこか似ていて。
あの人と長い時を共に過ごして、生きて、戦って、あの人を私よりも知っている。
不意に甘えたくなるのは、心が錯覚しているからだ。
夢主は自分に言い聞かせた。

「今度の任務は・・・危険過ぎます。必ず、帰ってきてくださいね、奥様を悲しませないように・・・」

「あぁ」

夢主が俯き、長い髪が肩から落ちた。
汗を吸った髪は重そうにずるりと滑り、髪の動きに合わせて女の香りが漂う。

髪で顔を隠すように、夢主は震えそうな体を堪えていた。
気付いた斎藤は言葉を掛けられず、顔を背けた。見ていたら、手を添えてしまいそうだった。
一人で苦しむなと抱きしめてしまいそうだった。

「・・・今夜はどうしてか、副長が・・・土方副長が一人で出て行った日を思い出してしまうんです」

「副長」

斎藤が口に出来ずにいた男の名前を、夢主は呟いた。
これが最後になってしまうのは嫌だからと、絞り出した声だ。

「あの日、すぐ戻るからって言われて私、ろくに見送りもしなかったんです。どれだけ危険か分かっていたのに、敵が囲む台場を目指す、押し寄せる敵兵、知ってたのに私っ・・・」

「副長が望んだのだろう、本当に戻る気でいたのさ、そんな人だったろう」

土方の最期は斎藤も伝え聞いていた。
どうにも抗えない時代の流れの中、死んでいった。誰よりも武士らしく誇れる姿だったと聞いている。

小さく頷く夢主を斎藤は笑い飛ばした。

「ハハッ、何だ、俺も明日が最期になるのか」

「違います、藤田さんは唯一不死身と呼ばれた男ではありませんか!悪い冗談はやめてください!」

「すまんな、冗談が過ぎた。だがお前もそろそろ・・・忘れずとも良いが、苦しむな」

勝気な夢主の目元に浮かんだ似合わぬ涙。
斎藤は無意識に拭っていた。
我に返り、目が合った二人は優しく微笑み合った。

「生きて戻って下さいね、斎藤さん」

「あぁ。必ず」

もう二度とお前に悲しい思いはさせないさ。
地獄で副長に怒られるのはご免だからな。
斎藤は夢主の背を強めに叩き、席を離れて煙草に火をつけた。

別々の人生を歩んでいるが、俺達は同志だ。
再び目が合った二人は、力強く頷いた。





お題(頂いたリクエスト内容です)

「斎藤さん、剣心、左之助、薫、弥彦、操、葵屋の皆、志々雄一派、他警察仲間。
全年齢。吊り橋効果的な展開もあり斎藤さんの密偵仲間で相棒的存在。
志々雄討伐のため斎藤さんと京都入りし、斎藤さん達は煉獄へ、夢主は市内に残り5千人の警官の取りまとめを任される。
夢主の活躍で無事に京都大火を防ぎ、煉獄から戻った斎藤達と合流、一連の報告をする。
この時夢主は上着無しの黒シャツ、髪は高いところに1つくくり(一仕事終えた束の間の休息感に色気を)。
その夜、京都の警察署内で斎藤さんと事後処理と翌日の動きの確認。何やら良い雰囲気になるが、どちらともなく冷静になりフッと笑い合う。藤田さんの奥様がちょっと羨ましい。
「生きて戻って下さいね、斎藤さん」
いつもは「藤田さん」か「サイトーさん」だけどここだけ真面目に「斎藤さん」。翌朝、斎藤達は志々雄さんのアジトへ、夢主は引き続き京都の警官を指揮するために街に残る。

(以下、反映なくても大丈夫と頂いたリクエスト内容です)

■年齢■
斎藤さんと同世代くらいで戊辰戦争、西南戦争等々経験豊富な女性警部補。

■特技■
剣道、柔道、空手、銃、馬術、外国語少々。
腕力だけでは男性に劣るが、これらの特技でカバーできるので総合的な能力は斎藤と同等。

■過去、経歴■
榎本武揚と共に欧米を旅した後、戊辰戦争の終盤、函館で土方さんと出会い恋仲にあったが死別。
その時の働きが川路警視総監の目に留まり警官になり、その後斎藤さんと東京で初めて会う。

■性格、人物像■
妾奉公の夢主さんが凛として強くなって背が少し高くなったイメージです。制服をビシッと着て髪は低い位置のお団子。
美人で頭脳明晰で戦闘能力も高く努力家、女性ありながら出世する彼女を妬む警官も。
本人は「陰口もその手の嫌がらせも慣れっこですから。私が警視総監に色目使って昇格したって噂もありますしねっ川路さん!」と笑い飛ばす。
宇治木さんも最初は夢主を小馬鹿にしていたが警察署内の鍛錬場で完膚なきまでに叩きのめされ、以来夢主に頭が上がらない。
一方で彼女に憧れ慕う男性警官も多い高嶺の花的存在。」

とても詳細なリクエストありがとうございました。
リクエスト内容だけで一つお話を読んだ気分に浸れました。
全ては書き切れませんでしたが、普段書かないお話に仕上がりました。ありがとうございます。
 
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