おつまみ

現】今生の出会い
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比古清十郎、またの名を新津覚之進。
それは遠い昔、前世での二つ名。
今の俺は隠し名であったはずの比古清十郎の名で現世を生きている。
そう、俺は前世の記憶を持っていた。

他にも記憶を蘇らせている者がいるに違いない。
その考えは正しかった。
俺は幕末に繋がりがあった連中と出会い、互いに記憶を持っていることを確かめた。
奇妙なもんだ。

しかし一番思い出して欲しい相手は、俺を覚えていなかった。
苗字夢主、むず痒い言葉だが、今は俺の恋人だ。
俺を覚えていない夢主と関係を結ぶのは慎重さを要した。
出会ってからは自分でも信じられないほど積極的に、幾度も食事に誘い、丁寧に想いを伝え、関係は発展していった。

俺と共に過ごすことがきっかけになったのか、ある日夢主は記憶を取り戻した。
初めは二人揃って戸惑ったが、昔のことも含めて夢主は俺を選び、受け入れてくれた。

こんなに嬉しいことは無い。
触れたくても触れられなかった、あの頃のお前。
寒い雪の中、外套で温めてやるしか出来なかった。
今では俺の家に泊まる関係だ。

ベッドの中で寝ぼけながら夢主が呟いた。

「明日は午後からお仕事なんですよ・・・私、言いましたか・・・」

「あぁ聞いている。起こしてやるからゆっくり眠ればいい」

頬に触れると、眠そうな目で微笑むお前。
嬉しそうに俺の手に触れるが、力なく手を下ろした。

「はぃ・・・おやすみなさぃ・・・清十郎さん・・・」

むにゃむにゃと何か言い足して夢主は完全に眠ってしまった。
加減してやっているつもりだが、俺に抱かれた後はいつも直後に深い眠りへ落ちていく。
体力の差を考えれば仕方がない。
少し話したい気分だが、俺は夢主にそっと口づけをして、静かに寝顔を見守った。


駅前で夢主と待ち合わせる俺が、時間を確認して何度目かの溜め息を吐いた時、遅れていた夢主がようやくやって来た。
人の目に触れさせるのが惜しい程、愛くるしい笑顔で駆けてくる。
いっそ人里離れた山奥にでも連れて行ってやろうか。
昔のように、幕末のあの頃のように、俗世と切り離された暮らしをするのも悪くない。

「夢主、俺を待たせるとは」

「ごめんなさい、遅くなってしまいました」

「夢主、お前・・・」

「清十郎さん?」

ちょっと揶揄ってやろうと強めに出た俺に、夢主は困った顔で謝ってえへへと笑う。
その笑顔の向こうに、まるで後を追うように現れた男を見て、俺は目を疑った。

「どうされたんですか、清十郎さん」

「振り向くな!」

俺の視線を辿って振り向こうとした夢主。大声で止めると、驚いてびくりと体を弾ませた。
悪いと思ったが、どうしても振り向かせるわけにはいかなかった。

「悪いな夢主、驚かせた。すまないが飲み物を買ってきてくれないか」

「・・・わかりました」

不思議そうに首を傾げるが、財布を渡すと夢主は素直に売店へ向かった。
俺の視線の先を確かめることなく、真っ直ぐこの場を離れて行く。
夢主は本当に可愛いやつだ。

それはともかく、これで安心して話ができる。
俺は男に話しかけた。懐かしい"剣気"を放ちながら。

「奇遇だな、斎藤一」

そこにいたのは斎藤一。色濃いスーツを纏い、ネクタイを外して着崩した恰好は、明治の警官を思い起こさせる。
俺は顔をしかめた。

「比古清十郎、夢主を行かせたのか」

「悪いか」

前世の記憶を持つ男。
会わせたくないから、夢主を遠ざけた。

「夢主は俺を選んだ、知っているだろう」

「あぁ。残念ながらな」

言いながら煙草を取り出す斎藤。
斎藤とは現世で既に何度か出会っている。こいつの煙草好きは変わらない。

「ならば何だ、何か用か」

「随分な言い草だな、何も邪魔をする気はない。偶然通りかかっただけだ。顔を見たらつい足が動いたのは認めるが、そう責めるなよ」

仕方が無かろうと肩を浮かせる斎藤の仕草に、俺は溜め息を吐いた。
確かに立場が違えば俺もその顔見たさに足が動いただろう。
斎藤は紫煙を強く細く吐き出して、溜め息を誤魔化した。

「悔しいが今はお前の女だと心得ている」

「悪いな、譲る気はないぞ」

「俺だってどうこうしようとは思わん、あいつの幸せそうな顔を見たら・・・何もしようとは」

売店はここから少し距離がある。知っていて俺は使いを頼んだ。
俺も斎藤も夢主がまだ戻らないのを確認して話を続けた。

「会っても悩ませるだけだ。あいつは優しすぎる。変わっていないんだろう、あの優しさは」

「あぁ。安心しろ、俺があの笑顔を守ってやるさ」

「・・・心強いが、なかなか辛い言葉だな。比古清十郎、」

「何だ」

俺の名を呼んだ斎藤は、燃えていく煙草を見つめて一呼吸置いた。
広がる灰が限界を迎えた時、斎藤は指で弾いて灰を落とした。

「来世では遠慮せんからな、今は・・・頼んだ」

「・・・あぁ」

「俺はもう行く」

「・・・それがいい」

斎藤の視線の先で、買い物を終えた夢主が小さく姿を現した。
幸せな顔を見て安心したが、これ以上見ていたくはない。
そんな顔で目を伏せた斎藤は短くなった煙草を捨て、新しい一本を咥えて去って行った。

これ以上見たくない、当然だ。
前世では苦労を乗り越えて夢主を嫁に迎えたお前だ。
俺はその時、力を貸した。

「だが今世では」

「どうしましたか、清十郎さん」

戻ってきた夢主が俺の声を拾って訪ねた。
斎藤は既に姿を消している。
昔の記憶を取り戻した夢主は、当然斎藤の存在も思い出している。
会わせてやるべきなのかもしれないが、斎藤の存在を承知で俺を選んでくれた。
悩ませるぐらいなら、会わせない方が良い。

もう少し、俺とお前で時を過ごし、思い出を重ねて。
俺もお前も揺るぎないと感じられたら、堂々と紹介してやる。たまに顔を見かけるあの男を。

自信がない男の言い訳のようだな、俺らしくない。

「気にするな、昔の知り合いに会っただけだ」

「そうだったのですね、もう行ってしまわれたのですか」

「あぁ。急いでいたらしい。元気そうで何よりだ」

悪いな斎藤、今回ばかりは俺も自我を抑えはせん。
あの頃は、幕末は夢主とお前の為に最後まで想いを隠し通したが、今は譲る気は無い。

「夢主、お前を離す気はないからな」

「どうしたんです急に、何か言われたのですか、お知り合いの方に」

「いいや、何も言われていないさ」

逆だ、奴にキツい言葉を浴びせたのは俺だ。
俺は自分で思うより性格が悪いのかもしれん。
だが夢主の笑顔を守ると言った言葉に偽りはない。
自信をもって微笑みかけると、夢主は優しく微笑み返してくれた。
 
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