おつまみ

明】小鳥探し
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普段関わることのない業務、行方不明者の捜索。
余程危険な人物でなければ大罪人であろうが斎藤に回ってくる任務ではない。
しかしこの度、行方不明者の捜索の任が下った。

対象は財閥の令嬢、父は警察幹部や政府高官と繋がりが太い人物。
確実に、迅速に、娘を探す為に斎藤も捜索に加えられたのだ。

箱入り娘。
外に出るのも数年ぶり。
戻れば次いつ出られるか分からない。
そんな娘を探して町を駆け回る警官達。
斎藤は一人捜索の群れを離れて、人けのない道を進んだ。

これだけ町を探していないならば、人がいない場所にいるのだ。
自力で目指したか連行されたかは分からないが、とにかく人が少ない場所。
若い娘が行きたがる場所には思えぬ竹林、上野の山と進み、辿り着いた一つの廃社で斎藤はようやく娘を見つけた。

「見つけだぞ、逃げ出した財閥の令嬢とはお前のことだな」

振り返った娘は、斎藤が話を聞いて抱いた印象通りの娘だった。
華美ではないが上質な装い、清廉な佇まい。
生まれ持った気品と、周囲に愛されて育った純真な心が見て取れる。
睨まれるかと思いきや、品ある控えめな笑顔を向けられた。

「お巡りさん、逃げ出したなんて誤解です。私はただ幽霊を探しに来ただけです」

「幽霊?」

「町で出会った子供達が面白い話をしておりました」

「面白い話」

裏の無い微笑みで語られる娘の興味を無下にも出来ぬと、斎藤は相槌をうった。
久しぶりの外出で選んだ場所が山の上とは変わった娘だ。箱入り娘とはそんなものかと首を傾げたくなる。

「この古い社に幽霊が出ると。うふふ、うふふと変わった声を響かせる男の幽霊が。面白そうでしょう」

「うふふ、ねぇ」

辺りを見回して斎藤は気付いた。
ここは抜刀斎が刃衛と闘い、刃衛が自ら命を絶った場所だ。
警察が後始末をしたから情報は入っている。
うふふとは、刃衛の霊か。
そんなものに興味を抱くとは、やはり変わり者の娘だ。

「馬鹿々々しい」

「馬鹿々々しいだなんて、面白いではありませんか。私、昔はお屋敷でも声が聞こえたのですよ、それが最近はすっかり・・・」

「声ねぇ」

御庭番衆でも遊びに来ていたんじゃないのか、などと冗談を言ったところで御庭番衆を知らん娘には通じまい。
本当に刃衛がたびたび訪れていたのかもしれぬ。父親と刃衛が取引していたならあり得る話だ。

「男の方の声でした。ですから幽霊の話を聞いて確かめたくて・・・」

「仮に屋敷の声が事実でも、何故幽霊はこんな山深い社に移る」

「それは・・・」

「それに、幽霊もいいが本当に怖いのは生きた人間だぞ」

「え・・・」

「気付いていないか。林の中に男共が隠れている」

言いながら、斎藤は自らの背後に娘を下がらせた。

「男の方が・・・どうして」

「阿呆、お前目当てに決まっているだろう。財閥の令嬢、連れ去れば大金が手に入る。しかも年頃の娘と来れば、野郎共の考えが分かるだろう」

警戒心を高め斎藤は鯉口を斬るが、娘は怖がる素振りもない。

「野郎共・・・」

「分からんのか」

驚いたな、本物の箱入り娘らしい。
斎藤は目を瞬いた。

「男が怖いとは思わんのか」

「お父様はお優しく尊敬しております。世話役の爺もそれはとても素晴らしいお方で・・・」

「あぁもういい。世間ではな、若い女を襲う男がいるんだよ」

「襲う・・・とは・・・私、殴られてしまうのですか」

「そうじゃない」

説明に困った斎藤はやれやれと溜め息を吐いて林に目を向けた。
男達が距離を詰めて来る。

「お前、目を閉じていろ。耳も塞いだ方がいいかもしれんな」

「目と、耳ですか」

「あぁ。動くなよ。本官の言うことを聞けるか」

「き、聞けます!もちろんです!」

令嬢はぎゅうと強く目を閉じて、出来る限りの力で耳を塞いだ。
あまりにも必死な姿、斎藤に笑いが込み上げる。

娘を見た警官の顔が緩み、隙だと考えた男達が林から飛び出してきた。
殺すまでもない町の小悪党。
斎藤は令嬢が好奇心で目を開く前に、男達を一掃した。

「もういいぞ」

「・・・」

「おい、」

いつまでも眉間に皺が寄るほどきつく目を閉じて、耳を塞ぐ令嬢。
斎藤が手首を掴んでもういいと知らせると、驚いて目を開けた。

「もういい」

「はっ、はい。こちらの方々は・・・」

「気を失っているだけだ。直に警官達がやって来る」

「警官の皆様が・・・では私ももう行かなければならないのですね」

「そういうことだ」

「少し・・・残念です」

寂しそうに笑う娘は、周りにこれ以上迷惑は掛けられないと大人しく従う態度を見せた。
あまりに従順な行動。諦めに似た感情を浮かべている。

「外に出たのは何年振りか・・・父が過剰に私の身を案じるのです。此度も異例の外出だったんです。なのに私ったらこのような事を・・・ですからきっと、もう外には出してもらえません。ふふふ」

「そうか、そいつは災難だな」

「災難だと思いますか」

不自由な身の上をどうにもできない娘相手に余計なことを言ってしまった。
斎藤は失言を帳消しにすべく、娘を励ました。

「ん、自由に出歩けないのは辛いが、お前の身の安全を考える周囲の気持ちも分かる。現にこの状況だ。何れどこかへ嫁ぐ日が来れば、もう少し自由が手に入るさ」

「自由が・・・」

「それにはまず、もう少し世間を知った方がいいぞ。世話役の爺やとやらにでも頼むんだな」

「世間・・・ですか」

「あぁ。そうだな、ちょっとついて来い」

「あの、どちらへ・・・」

「世間を知りたいんだろう。この道を行けば上って来る警官に出くわす。別の道を行くぞ」

「は・・・はぃ!」

もうすぐ日が暮れる。
怒られるかもしれんが多少の遠回りぐらい構わんだろう。
人目に触れぬ場所を選べばよい。

「団子を食ったことはあるか」

「団子・・・」

「連れに団子好きがいてな、近くに茶屋がある。まだ開いていればいいが」

けもの道に似た小道を下ると道の入り口に見える茶屋。
訪れると、店主の婆が珍客を見る目で茶を持ってきた。
 
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