おつまみ

明】小鳥探し
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「いつもお連れさんしか団子を食べないって言うのに、アンタが団子屋へ来るなんてねぇ。しかも若い娘さん連れとは」

「まぁたまにはこんな日もありますよ。知り合いの娘にここの団子を食べさせてやりたくてね」

藤田警部補の顔で斎藤が話すと、店主の婆は連れの娘に事情があると察し、ゆっくりしておいきと、団子を出した。
娘は丁寧に礼を述べてから、嬉しそうに団子を頬張った。

「美味しい、こんなに美味しい食べ物だったのですね、お団子」

団子を食べたことぐらいある娘だが、温かく柔らかい食感に感嘆の声を上げた。
出来たての団子を口に入れたのは初めてだった。

「お前、本当に箱入り娘だな」

「お恥ずかしいです・・・」

「お前が望んでなった訳ではないだろう。日が暮れたら戻る前に、いいものを見せてやる」

気まぐれを起こすなど珍しい斎藤が、思い付きで娘を誘う。
斎藤自身も驚いていた。

「いいもの」

「あぁ。なかなかに美しいぞ」

「美しい・・・それは楽しみです」

親もとへ返す前に、思い出にでもなれば。
そう考えて斎藤が娘を連れて行ったのは、先程の山だった。
戻ると倒れていた男達が消えている。警官が連行した後だ。既に警官達の姿も無い。
男達の証言から娘の存在が伝わる。だが娘がおらず慌てただろう。
付近を捜索している筈。そろそろ潮時だ。

娘は暗い山でも警戒心無く警官に信頼を置いて黙って後をついて来る。
開けた場所まで登り、斎藤は見えるものを確かめた。
時間切れ前に間に合ったようだと嬉しさを感じる。

「おい、町を見下ろしてみろ」

「町を・・・」

暗くなった空。
足元を見て歩いていた娘が、斎藤の声で顔を上げた。
眼前に広がる夜の町に娘は息を呑んだ。

「ぁ・・・」

「これが世間だ。多くの民が生きる町さ。明るい場所は光を灯す余裕がある者達が、暗い場所は安い油すら買えぬ者達が暮らす場所、もしくは人がいない場所」

山から見えたのは東京の町。
ぽつぽつと浮かぶ燭光の数々は、人々が暮らす証。
日が暮れて火を灯す家もあれば、そんな余裕が無い家もある。
裕福な家に育った娘は考えもしなかった。
町の夜の美しさと、美しさを彩る一つ一つの光に灯る人々の命。彩り光ることが出来ない人々の存在。

「とても綺麗です。綺麗ですが・・・どこか淋しいですね・・・」

「かもしれんな」

うふふ、うふふ、

深い感情に浸り、しみじみと語る二人の傍で、どこからか男の声が響いた。
小さく低く、何度も響く。

「この声、噂の幽霊さんです!」

「あぁ、聞き覚えある声だな」

どこか掠れを含んだ低い声。
娘を見つけて現れたか、それともこの地に縛られて地獄にも逝けぬ成れの果てか。

「おい刃衛!この世にしがみ付いていたいなら大人しくしているんだな!」

――うふふ・・・ふ・・・

斎藤が凄むと男の声は薄れていき、消えてしまった。
幽霊の声に喜んだ娘は、寂しそうに肩を落としている。

「声が、やんじゃいました・・・」

「それでいいんだよ。声の主は人斬りだ。聞こえない方がいいだろう」

「人斬り、何て恐ろしい・・・」

「人斬りが怖いか」

「はい、それはもちろん・・・」

当たり前のことを何故聞くのですか、汚れを知らぬ瞳が斎藤に向けられ、斎藤は気まずく目を逸らした。
娘の反応は正しい。世間知らずにしては上出来だ。

「そうか。・・・そろそろ、お前も元の世界に戻った方がいい」

「・・・そうですね、これ以上皆様にご迷惑お掛け出来ません」

「あぁ」

俺の役目もここまでと、斎藤は踵を返した。
山を下りて娘を届ける最後の仕事を果たさんと歩き出す。

「お巡りさん!」

「っ」

突然腕を掴まれた斎藤が立ち止まると、こけた頬に娘の唇が触れた。

「わっ、私見たことがあります、異人さんがお礼にこの様な・・・だから私も、最大の礼を尽くしました」

「礼を・・・っ、こういうのはな、二度とするんじゃないぞ」

「間違って・・・いましたか」

「あぁ。大間違いだ。こういうのはな、大事な男とだけするもんだ。無闇にする行為ではないぞ」

この娘が同じ過ちを繰り返さぬよう厳しく言わなければと、斎藤はきつい言葉を向けた。

「大事な・・・」

「分かりやすく言えば夫だ。嫁入りしてから旦那とだけしろ。口同士の接触は尚更だぞ、覚えておけ」

「ご挨拶では・・・しないのですか」

「無い。少なくとも、俺が知る限り。異国は知らんが日本の風習には無い」

柄にもなく心に乱れを感じた斎藤は、頬を拭い冷静さを取り戻した。
小娘の突拍子もない行動に驚く歳でもない。己は散々女を知った身だ。

「そっ、そうなのですね・・・私ったら、とんでもないことを・・・はしたない・・・ことですか」

「知らずにした事を責められまい。誰にも言わんから安心しろ、お前も秘めておけばいい」

「お父様にもですか」

「一番黙っておけ。いいか、今のは・・・そうだな、幽霊が見せた幻覚とでも思っておけ」

「幻覚・・・」

「あぁ。全て幻だ。俺に会ったのも、団子を食ったのも、最後の・・・出来事も」

「最後の・・・」

娘が自分の唇にそっと触れた。
ようやく特別な行為だと自覚したらしい。

「今日は、とても楽しかったです。ありがとうございました。屋敷で聞こえていた声が、この日を贈ってくださったんだと思います」

「ククッ、声が、ね」

刃衛が幸せを運んだか。
もっと笑いたいが娘は真剣だ。斎藤はニヤリとしたくなるのを堪えて頷いた。

「本当なんですよ、幼い頃から聞いておりました。ある日聞こえなくなって淋しいくらいだったんです。声の主はどんなお顔なのだろうと毎夜想いを馳せました」

娘の言葉に斎藤は唾を誤嚥して咳き込んだ。
声の主に焦がれていたとも取れる言葉。
人斬りの声と伝えてしまったが、箱入り娘は落ち込んでいないか。様子を窺うが気にする素振りは無い。
いつもならそんなものと一蹴するが、目の前の初心な娘の想いを汚す気は起きなかった。

「声が聞けて良かったじゃないか、幽霊か」

「はい」

最後まで人々を傷つけた刃衛だが、奪うだけではなかったらしい。
地獄で閻魔に言い訳できる唯一の話か。
斎藤は俺には関係ないが、今日の任務はさほど退屈ではなかったと思えた。

「さぁ行くぞ」

立ち止まって己を見上げる娘を下山させる為、娘の手を引きそうになるが、斎藤は顎で道を示して歩き出した。
慌てて小さな足音が追いかけて来る。

「ありがとうございました、とても嬉しかったです」

追いついた娘は斎藤の背中に顔をつけて呟いた。
大胆な行動に意味は無い。
娘の思いを量って斎藤が振り返ると、娘は逃げるように歩き出した。
目尻に薄っすらと、柔らかな微笑みに涙が浮かんでいる。

「さぁお巡りさん、案内してくださいませ」

「・・・あぁ」

淋しさを振り切って籠へ戻ろうとする娘の意思。美しく儚い微笑みに、斎藤から力ない返事が漏れた。
俺に出来ることはした、あとは任務を果たすのみ。
束の間の自由がこの先の枷ではなく、心の支えとなれ。そう願うしか出来なかった。

夜の山に湿った足音が二つ。
暗い道を進み、灯りが待つ町へ進んでいった。



──完──
 
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