おつまみ

幕新ゆらり
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──うぅ…ん……

『おぃ…… おぃ・・・ おい!!』

誰かが頭の中でずっと私を呼んでいる。

誰だろう。

私の憧れている……


斎藤一。



「きゃぁあっ!!!」

夢主は突然目の前に現れた憧れの顔に驚いて目を覚ました。
今にも触れそうだったあの前髪。特徴的な長い毛束が迫ってきた。

「はぁっ、はぁ、っ」

目覚めた今、激しく息切れをしていた。
夢なのにと思うほど、心臓が激しく動いている。

「ビックリしたぁ、斎藤さんがあんな近くにいたんだもん」

呟いて起き上がろうとした時、いつものベッドではない事に気付いた。
フローリングの部屋に住んでいるはずが、畳敷きの部屋で布団に横たわっている。

「……えぇーーー?!」

早とちりの夢主は、見知らぬ誰かと一夜を共にしてしまったのかと焦りに陥った。
だが心当たりはない。昨晩は誰かと会っていなければ、酒を呑んだ記憶もない。
部屋の様子を窺うが、誰かがいた気配もない。

ホッと安堵して布団から出ると、ひとまず世話になった寝床を整えた。
着ているのは、昨日の朝、身に纏った着物姿のまま。
着物で京都を散策しようと、汚れても構わない洗える着物を身に纏った。容赦なく洗濯機に投入できる、ありがたい一枚だ。

「酔って倒れて、どなたかが介抱してくれたのかな……でも、呑んだ記憶ないんだけどな……」

全く記憶がない。
しかし記憶が途切れた理由があるとすれば、呑み過ぎぐらいだろう。

「だけど、酔って記憶が飛んだ事なんてないのになぁ……」

ここは誰の家か。
布団を畳んで隅に寄せて、正座をして家の者が来るのを待ってみた。
しかし、誰も来る気配がない。
十分も経たないうちに、待てなくなった夢主は障子を明け、外の様子を覗いた。

「誰もいないのかなぁ……。にしても!すっごく広いお庭、お座敷も物凄い数。もしかして旅館かどこか……」

夢主の声を聞きつけたのか、突然ざわざわと複数の低い声が聞こえた。
勝手に家の中を覗くなど行儀が悪い。夢主は気付かれないよう慌てて部屋に戻り、居住まいを正した。

「なんか、男の人の声、だったけど……」

複数の男。
一体自分の身に何が起きたのか。
夢主は緊張からゴクリと唾を飲み込んで、障子に影が映るのを待った。
 
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