おつまみ

華掌底・京の夜に落つる華
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京の外れ、隠れるように小さな村が存在した。
周囲にはうっそうと木々が生え、あちこちに視界を遮る草丈の雑草が茂り、風に吹かれて時折うねるように揺れる。

ある時、村のそばで女が行き倒れ、村人に介抱された。
女の名は夢主。秘密を一つ抱えて生きてきた。
人と違うのはその秘密だけ。
夢主は不自由なく暮らしていたが、ある日を境に暮らしが変わってしまった。
生きてきた世界と全く異なる古の世で生きることを強いられた。

原因は分からぬが、突然違う時代に立っていた。
信じ難い現実と向き合い、生きる場所を求めて移動を繰り返すが、優しい生活を送れる場所は見つからなかった。
そしてついに村外れで倒れてしまった。

村人達は介抱する過程で、夢主の秘密を知った。不思議な力は村人達を恐れさせたが、喜ばせもした。
村で唯一丈夫な建物、御堂。その昔、村に畑が広がっていた頃に建てられた遺物。
夢主が回復するとその御堂に閉じ込められた。

中には他にも女達が閉じ込められていた。
乏しい村が密かな生業にしていたのが人攫いだった。
各地で女を攫って御堂に閉じ込め、頭数が揃うと町を目指して売り飛ばす。

夢主が抱える秘密は動乱の世で歓迎される特殊な能力。高値で売れる女。
さっさと金に換えようと、夢主が回復して間もなく、村人達は出立を決めた。

売られると知った夢主は脱走を決めた。
一人では敵わなくとも数が多ければ力になる。夢主は自らの能力を利用して御堂内の女達を説き伏せ、夜の闇に紛れて御堂を抜け出す事に成功した。

しかし恐れを成して残る女もいた。
この女がやって来た村人に女達の逃亡を告げる。
村から逃げて駆けこむ地は一つ、京の都しかない。男達はまだ闇が深い山道を提灯片手に駆け出した。


「いたぞ!!」

「捕えろ!!」

野太い声が響く京の夜。
京の夜は突然危険が現れる。この夜も怒号に続き剣戟音が響いた。

新選組は京の町の治安を守る任に当たり、命懸けで毎夜巡察を繰り返す。
新選組が今宵出くわしたのは見るからに怪しい男達。
最低限の身なりを整え日本刀を手にしているが、どう見ても侍ではない。何より女達に縄を掛けて連れ歩いていた。
問い質すが男達の答えは抜刀だった。
騒動が起こり、女達は怯えて身を寄せた。

「大丈夫、大丈夫よ」

夢主は泣き出す女達を一人鼓舞し続けた。
男達が刀を振り回し始め、自分達から目が逸れる。夢主はこの隙を歓迎し、隠し持っていた小柄で縄を切り解いていった。

激しくぶつかる硬い音と共に、男達の荒々しい雄叫びが轟く。
その声を覆うように闇を切り裂く悲鳴が上がった。

「駄目、待って!」

縄が解けた途端、恐ろしさの余り一人の女が走り出した。
敗北を悟っても刀を振り回す村人達、戦いの最中に目に飛び込んできた女に腹を立てた。
拐かして御堂に押し込めた罪を、恩とすり替えて怒号を浴びせる。

「世話してやった恩を忘れたか!」

女の背に斬りかかろうとする男が、背後から一突きされてその場に倒れ込んだ。

「見苦しい」

そう言い放った男は新選組幹部、斎藤一。
刀を引き抜くと、一太刀で確実に、賊の息の根を次々に止めていく。
最後の一人、貴様は証言を得るために生かしてやると、気絶させて刀の血払いをした。

「人買い、いや、人攫いか」

逃げ出そうとした女が腰を抜かしてへなへなと座り込んでいる。
その奥には、縄に繋がれていた女達が固まって震えていた。
女達の始末は平隊士が町奉行所へでも手配する。
斎藤は共に巡察中の一番隊と合流すべしと、体の向きを変えた。

「ま、待ってください!」

斎藤が振り返ると一人、不思議な黒い装束の女が駆け寄ってきた。震えて固まる他の女達とは様子が違う。
肌は陽の光を知らぬ透き通る質感。瞳に湛える光は力強く意思に満ちている。
人買いに引かれる女は何度も見てきたが、目の前の女には異質なものを感じた。
 
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