おつまみ

明】雪代縁・十年陽だまりの花
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「お前、ドンくさかったんだな」

「ぇえっ、何でですか、何でそう思うんですか!」

「理由はナイが」

いや、今の言葉に理由はある。縁は十年前と比べ、随分と近くなった夢主の顔を見つめた。
落人群で必死に俺を世話していたお前はシッカリ者に見えた。二人で旅した道中も、ガキだったくせに俺を困らせるコトなく、大人しくついて来た。シッカリ者じゃなきゃ有り得ナイだろう。
縁は眉間の皺を解いて軽く溜め息を吐いた。

「旅か」

「えっ、旅、ですか」

「何でもナイと言っただろう。お前、十年の間に随分と変わったな」

「あの……ごめんなさい、ご期待に……添えず」

「なっ」

十年ぶりの再会。人が変わるのは当たり前。身をもって知っている。別にお前の成長に不満がある訳ではない。無事医者になり横浜まで一人でやって来られるまでになったのだ。十分だろう。
そう考える縁だが、素直にそうとは伝えられなかった。困った顔で詫びる夢主に対し、どう言葉をかけて良いか分からずにいる。

「すみません、縁にせっかく頂いた人生なのに」

「俺に」

「はい、縁があそこから連れ出してくれなかったら、診療所に連れて行ってくれなかったら今の私はありません。あ、縁さん……ごめんなさい、昔の気分で呼び捨てに」

「構うな、変えられても慣れないしナ」

昔だって名前を呼ばれたのは別れの時だけだ。言ってやりたかったが、縁はフンと口を閉ざした。
縁でイイ、いや、縁がイイ。かつて姉さんもそう呼んでくれた。今でも姉さんはそう呼んでくれる。
縁が目を伏せて姉に語り掛けようとした時、夢主が「うぅん」と迷いを口にした。

「これどうしよう……警察に届けたらいいのかな。私の鞄、どこにあるんだろう」

「警察はやめておけ。お前の関与を疑われるぞ、そいつは阿片だ」

「阿片っ、じゃあさっきの人、罪人?!私の鞄あの人が持ってるの?!」

事の重大さを知らされた夢主は、目を丸くして大声を上げた。咄嗟に縁が夢主の口を塞ぐ。手の熱さと力強さに夢主は硬直した。

「馬鹿ガ、大声で阿片なんて言うな、警察が来ると俺は困る」

「んっ、ごめんなさい……」

口を塞いだ手はすぐ外されたが、夢主は急に自分に加えられた力に驚いていた。縁は男だ。今も昔も自分を守ってくれた。その強い力を感じて一瞬、呆然と縁を見つめてしまった。
雪のように白い髪の奥、夜の藍のように青みがかった瞳。時々淋しそうな色を浮かべるけれど、今は眼差しに優しさを感じる。
親身になってくれるこの人を困らせたくない。夢主は分かりましたと頷いた。

「警察は駄目なんですね」

警察が来ると困る。夢主は縁が落人群にいた理由を知らない自分に気が付いた。
京から東京までの旅路も人目を避けたものだった。一緒にいられない身だと語っていた。きっと何か罪を犯してしまったのだろう。

ようやく縁の身の上に思いを巡らせるに至った夢主だが、関係ないと首を振った。
あの頃気付かなかったことに気付き、分からなかったことが理解できる。縁に対して止まっていた心が、動き出しただけ。何も変わらない、助けてくれた縁。変わったとすれば、縁が言う通り自分が変わったのだ。

「鞄にはお前の身の上を示す物が入っていたのか」

「えっと、診療所の薬袋が入っています。いつも持ち歩いているから」

「チッ、なら捨て置けないナ。奴ら、鞄を取り戻す手掛かりとして診療所を訪れるぞ」

「そんな!」

診療所には年老いた小国先生と手伝いの娘達。先程の暴漢の男達の姿を思い出して、夢主の顔が青ざめた。

「だがお前が鞄を持っていると知ったんだ。お前が姿を消さない限り診療所は大丈夫だろう」

「良かった……」

ほぅっと大きな安堵の息を吐く夢主。縁は夢主に渋い顔を向けた。
良いわけ無いだろう、お前がまた狙われるってコトだぞ。察しの悪い夢主に、縁は太い息を吐いた。

「お前は地頭は良いが、なかなかだな」

なかなか?
鞄を抱えて夢主は首を傾げる。幼い頃を思い出させるあどけない仕草に、縁はフッと息を漏らした。

「どうやらお前とは腐れ縁があるらしい。姉さんの導きだと思って手を貸してやる」

「姉さん……」

「話したコトは無かったか。俺には姉さんがいたンだ。誰より優しくて美しい……姉さんが」

「縁……」

縁が姉のことを語って目を伏せ、夢主は口を閉ざした。夢主には縁のこの仕草に覚えがある。落人群にいた時も旅の途中でも、何度も見た仕草だ。姉を語る時の仕草、姉を思い出す時に出る仕草なのだろう。
伏せた目は淋しそうで、今も姉の死の悲しみから抜け出せずにいることが窺える。

「貴様にも兄がいたんだろう、聞いたぞ。だから俺に纏わりついたのか」

夢主は縁と似たような淋しい目をして、微笑んだ。そして俯いた。兄を思い出した淋しさと、縁に纏わりついて散々迷惑をかけていたと気付いた申し訳なさで、目を伏せた。

「怒っちゃいない、不甲斐ない俺の世話をしてくれていたンだろう。それに、お前のおかげでもう一度姉さんに会えたんだ。感謝しているサ」

不思議そうに夢主は縁を見上げた。姉は死んだのでは。もう一度会えたとはどう言う意味か。

「姉さんはお前を助けることを望んでいた。今も望んでいる。だから手を貸してやる。来い」

縁の言葉に半分首を傾げながら、夢主は頷いた。
まるで今も姉が生きているような口ぶり。だが縁が助けてくれる嬉しさと共に過ごせる喜びで、夢主の戸惑いは薄れていった。
 
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