おつまみ

明】雪代縁・白い哀艶
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「んん……」

真夜中、夢うつつに唸り声をあげて、夢主は目覚めた。寝苦しい、体に圧し掛かる重みに起こされたのだ。

──姉さん……会いたかったよ……

「?!」

夢主は不自由な体の理由を知り、目を丸くした。
背中を向けていたはずの縁がこちらを向き、あろうことか眠りの中で夢主を姉と勘違いしていた。太く大きな腕で夢主を抱え込んでいる。
眠気は一気に吹き飛び、音が聞こえそうなほど心臓の鼓動が激しく変わった。

「あっ、えっ、縁っ」

体に乗っているのは腕一本。抜け出そうと重たい腕を押し除けるが、力が加わって再び抱きかかえられてしまった。

「もっ、起きてよ縁、」

──行かないでよ……姉さん……

「縁……」

夢主がもう一度腕を除けようとした瞬間、縁の弱々しい寝言が聞こえた。背中にぴたりと張り付いて、姉に甘える夢でも見ているのだろうか。振り向けず、どんな顔をしているのかは分からない。しかし夢主には、泣き出しそうな顔が見える気がした。
ここで無理に抜け出せば、縁は大好きな姉を失う悲しい夢を見てしまうのではないか。

夢主は縁を押す力を弱め、大人しく布団に身を預けた。
縁は寝ている。きっと覚えていない。だったら姉の温もりを縁に、夢の中だとしても味わってもらえたなら。

──姉さん……

切なく響く声と感じる熱い息。強く抱きしめられても切なさが伝わるばかりで、昔甘えてしがみついた時のような楽しさは湧き起らない。
夢主は複雑な想いで目を閉じた。背中に感じる縁の体の温かさ。
この夜、夢主も懐かしい兄を夢に見た気がした。


窓から入る光が部屋を照らしている。夕べの薄暗さが嘘のようだ。無数の塵がきらきらと輝き、荷物を押し込めた部屋だと忘れてしまう眩しい朝が待っていた。
夢主が目覚めると、縁は既に窓辺で外を見張っていた。朝日を受ける白い髪がとても美しく見える。

「縁……おはよう……」

「起きたカ。眠そうだな」

「そっ、それは」

貴方のせいでしょ、言いかけた夢主は、夜中の出来事を告げまいと口を噤んだ。簪を外して眠った夢主、顔にかかる長い髪を後ろに払い除けて、不満も共に振り払った。
寝ぼけて自分を姉と間違えていたと知れば不貞腐れるに違いない。不機嫌な顔も可愛かったが、姉のことで縁を揶揄いたくなかった。

「何だよ」

「別に……何でもないよ、ちょっとね、夜中に目が覚めちゃったの。あの……鞄のこと、お願いします」

「構わないサ、捨て置けない男だからナ」

「縁……」

夢主を見て話していた縁だが、呉黒星が思い浮かぶと怖い顔で空を睨んだ。十年前に関係は切れたと思っていたが、どこまでも邪魔をするあの男は捨て置けない。みるみる険しい顔に変わっていく。夢主は布団の上から怖々と窓辺にいる縁の顔色を窺った。

「飯を食ったら駅に行くゾ、いいな」

視線に気付いた縁は落ち着きを取り戻した。心の乱れを見せまいと顔を逸らし、上着を手に取った。

「簪、忘れるなヨ」

夢主が忘れる訳がない。分かっていたが、呉黒星を思い出して苛立つ縁は、余計な一言を口にした。


阿片入りの鞄を手に駅へ向かう二人。夢主は縁をこっそり見上げた。宿を出る時とは異なる一点がある。

「縁、それ」

「何だよ、似合わないのは分かっているサ」

目が合い不服そうな声で言った縁、普段はのびのびと天を向く白い髪をハンチング帽に押し込んでいた。
白い髪は目立つ。駅では警官も見かける。縁は仕方なく夢主の為に帽子を被っていた。

「うぅん、違うの、その……可愛い」

「ナッ」

どうせ似合わないって言うんダろ、言い返そうと身構えていた縁から、気の抜けた声が漏れた。

「ふざけるナ」

「ふざけてないよ」

きつく言い捨てる縁に対し、夢主はぼそりと呟いた。小さな子供が怒られて出す甘え声のような呟きに、縁は怒る気を失くした。宿を出る前に言い過ぎた自分への戒めだと思えば、今の言葉も相殺される。
縁は夢主が運ぶ鞄に視線を落とした。
 
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