おつまみ

明】雪代縁・二人の涙
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体を寄せ合ってどれ程の時が流れたか。燭台の火がちりりと音を立てた。
涙が引いた夢主が体をそっと離す。

「ごめんなさい、縁……」

急に泣き出して、長着を濡らして、迷惑を掛けてごめんなさい。夢主は様々な意味を込めて頭を下げ、遠慮がちに上目で縁の様子を窺った。縁は薄目で夢主を見つめている。目も口も僅かに開き、何か言いたいのか、それとも心ここにあらずなのか、心の中が見えてこない。物憂げな視線に耐えられず、夢主はもう一度詫びていた。

「あの……もう、大丈夫です、ごめんなさい……」

縁の瞳の色が、また見慣れない色に変わっている。淋しげな藍色の瞳は変わらないが、奥に光る感情の色が読み取れない。いつもと違う瞳で見つめられ、目を合わせていられない。視線を受け続け、夢主の体の奥では感じたことのない擽ったさが生まれていた。

「いいヨ」

「ぇ……」

「気にするナ」

低い声で呟いて縁は夢主から手を離した。
力なげに立ち上がり、机上の白梅香の瓶を手に取る。

「蓋、閉めていいカ。香りが強すぎる」

「ぁ……うん」

自分から視線が逸れて夢主は安堵していた。目を閉じて短く息を吐く。
縁は白梅香の瓶の蓋を閉める直前、自らの手の平に雫を垂らした。

「これでいい。お前から程良く香るだろ」

「っあ……」

縁が白梅香の瓶を置いてからあっという間の出来事だった。
戻ってきたと思ったら、縁の手が夢主の首筋に伸びた。強い白梅香の香りと共に感じる縁の動き。首筋がひやりとして、夢主は自分に白梅香が塗られたと分かった。指先が触れた次の瞬間には、撫でるように首筋を長い指が滑っていた。
ほんの少しの接触が、夢主の全身を痺れさせる。首筋に受けた擽ったさが全身に駆け巡った。初めての感覚に驚いた夢主は、瞳を震わせた。

「どうした」

「う……ううん、何でもないよ……香り、こうやって使うんだね……」

「あぁ」

使い方は様々ある。しかし縁は夢主にはこれがいいと閃いて、触れていた。

「いい香りだナ」

「ん……」

縁が夢主の首筋に鼻先を近付けて、自分がつけた匂いを確かめた。
香りを嗅ぐ縁の近さに夢主の肩がびくりと弾む。

「夢主」

夢主の反応を感じ取った縁は顔を離すが、それでもまだ近い。呼ばれた夢主は慌てて逃げるように仰け反った。

「あぁっ、あの、子守唄、忘れてた、歌ってあげるよ」

「……いい、気分が変わった。今夜は俺が寝かしつけてやる。でも歌は無理だ。どうする、またトントンとやらでいいカ」

夢主は頷いた。自分も子守唄を歌える状態ではない。けれども、恥ずかしくて横にもなれない。

「縁は……」

「今は、寝る前に外の空気を吸いたい気分ダ。お前を寝かし付けたら外に出る」

「外に」

「少ししたら戻るヨ」

一人で行きたい。だが俺がうろついてたら病院の連中が落ち着かないだろ。だからすぐ戻るさ。
縁は物憂げに目を伏せた。孤独を感じて苦しんでいるように見える、大きな縁の小さな姿。夢主は「うん」と頷いた。

「わかった。寒いから、風邪引かないでね」

「引かないヨ」

ほら、横になって目を瞑れ。縁に促された夢主は素直に従った。まさかこの歳で誰かに、縁に寝かし付けてもらうなんて。
はにかんで笑った後、夢主は目を閉じた。
布団の上から同じ調子で繰り返される感触、縁の手が与える僅かな重み。先程までの強張りは解け、気持ちが和らいでいく。誰かに寝かし付けてもらうだけで、こんなに心が落ち着くなんて。夢主は幸せな寝入りを実感していた。
しかし、縁の手はすぐに止まってしまった。
どうしたの、と目を開いて視線で問うと、縁は咄嗟に目を逸らした。

「悪い、終わりダ。行ってくる」

まるで逃げるように縁は行ってしまった。

「縁……」

急に飛び出した訳は、体の不調では無さそうだ。だったら心……。
後を追いたいけれど、来ないでくれと言われた気がして、夢主は縁が出て行った扉を見つめていた。
燭台にはまだ火が灯っている。夢主は起き上がり、揺らめく火に近付いた。白梅香の香りが夢主を追うように部屋に漂った。
 
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