おつまみ

明】雪代縁・全てを解かして※R18
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京都の外れを冷たい風が吹き抜けていく。縁は寺を訪れ、姉の墓前で伝えたい全ての想いを吐露した。
静かに淡々と感謝と謝罪を述べ、今の自分が願う「これから」を伝えた。

「姉さん、また来るよ」

そう言うと、穏やかな姉の笑顔が見えた気がした。

「ありがとう、姉さん」

小さく微笑み返して、縁は墓参りを終えた。
見上げると今にも雪が降り出しそうな鈍色の雲が広がっている。歩き出した縁は寒さの中、背後に温かな何かを感じた。

「姉さんは俺を見守ってくれている」

そう感じるだけで十分だった。東京へ戻って一切を打ち明ける覚悟は既にある。姉がその気持ちを見守ってくれるようで、歩く縁の頬は、穏やかに緩んでいた。


縁が東京に戻って夢主に打ち明けた話はどれも衝撃的な内容だった。

姉の許嫁の死、姉の失踪、姉を追いかけて一人上京し、姉を見つけると同時に姉にとっての仇を知ったこと。幼い縁は道を踏み外し、その結果、姉の死を目撃したこと。
そこから始まる悲しい復讐の道。上海へ渡り、苦労を重ねて得た地位。そこに至るまでの数多の罪。復讐の為、日本に戻って起こした騒動。私闘の末に捕らわれて警察の船から逃亡した話、それが最後だった。

「すまない、お前に伝えられるのがこんな話ばかりで」

「……うぅん……話してくれて、ありがとう……」

何と返せばよいか分からない惨い話の数々。
伝えるにも勇気が必要だっただろう。どんな反応があるか恐れただろう。
縁の気持ちを思うと、夢主は胸が握り潰されそうなほど苦しかった。

「何て言えばいいのか……わからないけど、縁は縁なんだよ、私にとっては……優しくて、大好きな縁……」

でも、罪は消えない。償わなければならない。
縁が警察に追われる事実も明白になった。
これからどうすべきなのか、自分はどう受け止めれば良いのか、夢主は言葉に出来なかった。

「京都から戻って、小国のジイさんと話したんだガ」

「小国先生と」

「あぁ。一つ、コトを済ませて来た。本当に顔が利くんダな、あのジイさん」

常にとは言わないが、武力が必要な時、警察に、政府に力を貸す。そして知る限りの情報を提供する。
これが小国を通して紹介された国家権力に繋がる人物の提案、司法取引だった。
相手は人誅の時に東京湾の孤島で見た顔、警官で密偵の斎藤一。あの男は俺の拠点を探り当て、太刀筋を見切り、なかなか出来る男だった。悪くはない、抜刀斎に力を貸すより遥かに良い。
警察も日本も好きじゃない。だがこの町で生きていくには、力の使い方を決めなければならなかった。

縁が司法取引について語り、夢主は良かったと胸を撫で下ろした。法の下、日常を送れる保証が得られたのだ。

「良かった、縁。縁の力が役に立つんだね、やっぱり縁は凄いよ」

「凄くなんかナイ」

「凄いよ、少しは自分を認めてあげて。方法は間違ったかもしれないけど……縁はずっと頑張ってきたんだよ、目の前にあるものを掴もうとして……生きる術を必死に身に付けて……言葉も通じない国で幼い頃から一人、やっぱり凄いよ」

「それは……」

「過ちは認めないといけないし、償いも必要。……でも、必死だった自分を否定しないで」

「お前変わってるナ、普通なら怖がったり、否定するんじゃないのカ」

縁が困惑を顔に浮かべると、夢主はえへへと首を傾げた。

「驚いたよ、怖いとも思ったよ。でも……尋常じゃない状況を生き抜いてきたんだよ、縁は生きる為に必死だったと思ったら」

殺された一家の無念は計り知れないが。
夢主は自らの家族を思い、大きな呼吸を繰り返した。

「今は出来ることをしていこうよ……一緒に、ね……」

「……ありがとう」

ぽつりと縁が呟いて、夢主は目を丸くした。
縁から聞く初めての感謝の言葉。本人も自覚があり、照れくさそうに目を逸らしている。
夢主は満面の笑みで頷いた。

「でも武器組織の頭目だなんて想像出来ないよ、縁が怖い人達をまとめてたの?」

「怖い人達。まぁ、そうだよ」

「凄いね、考えられないよ……」

「別に凄くないサ」

「頭目って簡単になれるものなの?」

「なれナイよ、大変だったサ」

「じゃあ凄いじゃない」

ふふっとふざけて笑う夢主に、縁は苦笑いを返した。

「気を使ってるんだろ、気にしなくていいゾ」

「うぅん、単純に訊いてみたかったの。だって普通は関わりのない世界って言うか、こんな話、縁じゃなきゃ一生聞けないでしょ、怖い人には聞けないもの」

「お前って好奇心旺盛だな。面白いか、こんな話」

「面白がっちゃいけないんだろうけど、面白いよ」

軽く扱える話ではないが、興味深い話。それに、話を聞くことで縁の罪を共有出来る気がした。

「そうか。お前が面白いなら話してもいい」

けど、と続けそうな口ぶりで言葉を切った縁は、不意に夢主に近付いた。
縁は自分の話より、夢主に意識を向けたかった。
思わぬ接近に驚いた夢主は息を呑んだ。
 
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