おつまみ

明】雪代縁・全てを解かして※R18
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「覚えてるカ、お前の髪を結うって話」

「覚えてるよ……」

「まだまだ短いな」

診療所を離れてから戻るまで、ひと月も経っていない。
以前のように一纏めにするには、髪の長さがまだまだ足りない。結果は明らかなのに、縁は夢主に背を向けさせて、髪を手で纏めた。

「短い」

「ふふっ、ありがとう。毎日ってお願いしたけどいいよ、大変でしょう。髪が伸びるまで待てば……」

「ダメだ」

「でも」

「毎日結う。お前が好きって言ったんだゾ、それに、俺も好きだ。お前の髪に……触れるのガ」

髪が結えるようになったら、話を一つ聞いてくれ。そんなことを言ってしまった縁だが、何を伝えて良いか決め兼ねている。
まさか髪が結えたら抱いてもいいかとは言えない。

髪を掴んだまま動かなくなった縁を不思議に思い、夢主が強引に振り向いた。短い髪は縁の手から零れ落ちる。
我に返った縁の目の前には、夢主の顔があった。

「うわっ」

縁は思わず声を上げて、距離を取った。

「どうしたの縁、びっくりさせちゃったのならゴメンなさい……」

「いや、別に」

お前を抱きたいと考えていたら目の前に顔があったんだ、驚くだろう、とは言えない。
きょとんと首を傾げて覗き込んでくる夢主の目が、縁には上目に見えて悩ましい。
縁は小さく「くそっ」と呟いた。

「じっ、ジイさんが俺に部屋を用意してくれたんだ。だから、普段はソコにいるよ」

「わかった。私が診察している間とか暇かもしれないけど」

「体でも動かして時間を潰すサ」

「あ、診療所の裏とか自由に使ってね。少し行けば上野の山もあるし。そっか、縁も東京には詳しいんだもんね、別に部屋にも籠らなくても好きに過ごしてね」

貴方は自由だよと言われた気がして、縁は目が覚める思いがした。

やがて夢主が診察室に入る時間になり、縁は久しぶりに一人で東京の町を歩き回った。
懐かしい景色もあれば、すっかり変わってしまった景色もある。
様々な想いを得て歩き回り、日暮れ前に戻った縁は、夕飯前にと診療所の裏で体を動かした。

寒さを忘れたように、体がみるみる温まっていく。鍛練を続けていると、熱くなった肌にひたと何かが触れた。感触はないが、目に留まったのは雪だ。

「雪……」

雪はすぐに溶けて水滴に変わった。
雪で蘇るのは悲しい想い出。それも変わっていくだろうか。
縁は肌の上に出来た水滴を拭った。顔を上げれば大きな牡丹雪が落ちてくる。地面に落ちると吸い込まれるように消えていく。雪が積もるには温か過ぎた。

「縁、ここにいたんだね。診察終わったよ」

「夢主……」

「……どうしたの」

雪に触れようと縁は手を出して、立ち尽くしていた。

「雪が降ってきたナ」

「うん……」

縁は手の平に落ちた雪を掴むように、握り締めた。

「一つ、話していなかった」

「え……」

「全部話したと思ったんだが。前に聞いたよナ、この髪の色」

「あ……うん。とても綺麗だよね、縁の髪。でも……嫌な想い出があるんじゃ……」

以前、髪の色について訊かれた縁は黙り込んでしまった。
あの時の苦しそうな瞳の色を夢主は覚えている。

「いや、大丈夫サ。ただ聞かせるには、お前には辛い話かもしれない」

縁は全てを打ち明けたいと語ってくれた。だったら最後まで、覚悟を持って聞きますと夢主は頷いた。

「雪って、綺麗だと思うだろ」

「うん……綺麗だよ」

「俺は、雪があまり好きじゃないんダ。この髪の色に関わりが強くてナ。きっかけは、姉さんの死を目撃したコトなんだ。雪の日、真っ白な景色の中、姉さんから噴き出した血が……鮮やかで……」

残酷なほど美しかった。
縁は唇を噛みしめて雪が舞い散る空を見上げた。

「縁……」

辛かったんだね、簡単な言葉では慰められない。
夢主は為す術なく、縁を見守っている。

「なぁ夢主、雪の想い出も、変わるかな」

「変わる……変わるよ、きっと、一緒に……変えていこう、忘れられないかもしれないけど、悲しいだけじゃない、楽しい想い出も……」

必死に自分を励ましてくれる夢主が愛おしくて、縁は夢主の頭に手を置いた。

「ありがとう」

今度は照れくささも見せず、はっきりと口にした。
縁の変化に驚いて、夢主は声を出せずに返事代わりに黙って頷いた。

「一つ、いいカ」

「うんっ?」

何だろうと思った夢主が聞き返す前に、縁は夢主を抱き寄せていた。

「これで一つダ」

「縁……うん、一つ、だね。ありがとう」

「何でお前が礼を言う」

「縁の想い出にしてくれたから……いい想い出……なんだよね」

縁がふっと笑い、夢主は縁を抱き返した。
風が吹き抜けても頬に雪が触れても、縁の体が熱いくらいだ。夢主が幸せを感じていると、ふと診療所の窓から丸見えだと気付き、頬を染めた。

「あっ、縁、ここ……見えてる、患者さんからっ」

体を離した縁は、もう周りの目も気にならないと落ち着いた様子だ。

「寒いな、戻ろう」

夢主の背に手を置いて、行くぞと促した。
ずっと頼もしかった縁、夢主が大人になった途端、可愛く見えるようになった。
けれども、今日の縁はいつにも増して頼もしく見える。可愛いなんて少しも思えないほど、誰よりも頼もしかった。
 
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