おつまみ

明】新人教育は潜入捜査
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夢主は警視庁勤め、唯一の女警部補。密偵の任を受けるほど優秀だ。
幕末は会津で日々薙刀を振るい鍛練し、会津戦争では夜間城を抜け出て娘子隊夜襲作戦に加わり戦った。当時から小銃も扱える。
同僚である藤田五郎こと斎藤一とは歳も役職も、密偵の任を請け負う立場も同じ、遠からず縁がある存在だ。

夢主は斎藤に引けを取らぬ死地を潜り抜けてきた。それ故、斎藤も夢主には一目置いている。
女でありながら、時代の敗者でありながら、新時代で堂々と己の正義を貫く存在に、敬意と興味を持っていた。

「沢下条張ってアナタの部下でしょ、なんで私に預けられるワケ」

「生憎と俺は志々雄の一件から続く捜査で手一杯なんだよ。悪いが少しの間でいい、面倒を見ろ。頼まれてくれ」

「仕方ないなぁ、今回だけよ」

「あぁ、分かっているさ」

周りから恐れられる斎藤とこれほど同等に砕けた会話を出来るのは夢主くらいだ。
話していると珍しさから周りの注目を集める。二人はいつもそれとなく人目を避けて情報交換をしていた。

「支度は整っているから、荷物を受け取って来い」

「荷物?」

「上からの指示でな、潜入して欲しい場所がある。お前と張で組むのに丁度いい仕事だ」

「何だか嫌な予感がするんだけど……」

「ククッ、流石は夢主、察しがいい」

「もぉっ!借りにしておくから、忘れないでよね!」

斎藤は煙草を咥えて背中を向け、僅かに振り返って二ッと笑うと行ってしまった。
夢主は去り際に一枚の紙を渡された。任務に向かう場所、向かう際の条件が書かれている。

「商館で開催される晩餐会への参加、舞踏会も開催される。潜入には若夫婦を装った二人を指名……なっ、若夫婦っ?!」

「おぉあんたが夢主さんか、今、斎藤のオッサンがあんたを訪ねろ言うて……なんや、その紙が指令ってヤツかいな、どれ」

「ばっ、馬鹿者!勝手に見るな!あぁっ」

「晩餐会、舞踏会……えぇやないか!」

斎藤が去ってすぐに現れた奇抜な見た目の男、これが面倒を見る沢下条張。
止めたのに強引に指示書を覗き込む男。
夢主は張に溜め息を吐き、諦めて内容を見せた。説明する手間が省けて良いと考えるべきだ。

「ワイ好きやで、異人さんも異国の服着た女子も。商館やさかい、沢山来るんやろなぁ、豪商夫婦とその娘ってか」

「馬鹿ね、若夫婦を装うんだから娘を誘ったら怪しまれるわよ」

「若夫婦!あんたと!」

張は不躾にじろじろと夢主の顔を体付きを観察した。
自身に満ちた夢主、会津娘らしい気品漂う顔は美人の類に入る。体付きもこの時代の娘らしからぬものだ。腰の括れに胸の張り、引き締まった尻はから程良く肉付いた足がスラリと伸びる。
しかし斎藤に似た態度を見せる夢主に、張は悪態をついた。

「若夫婦って無理あらへん、あんさんオッサンと"おない"なんやろっ、ぐふっ、何すんねん!」

張の鳩尾に、夢主は静かに拳を打ち込んだ。

「貴方が失礼なコト言おうとしたからでしょう、新人クン。いいから行くわよ」

「そっくりや、あんさん、斎藤のオッサンそっくりやで……うぅ痛……」

何事もなかったかのように颯爽と「行くわよ」と張について来いと促す。張は涙目で文句を言いながら後を追った。


荷物を受け取り、別々の部屋で二人は支度を済ませた。
変装の為に自慢の髪型を潰されて機嫌を損ねた張だが、着替えを終えて現れた夢主の姿に、怒りを忘れてしまった。
今回の服装は潜入先の趣向が反映されている。催されるのは大陸の商人と日本の商人を繋ぐ会。すなわち大陸の服、張は唐装に、名前は旗袍に身を包んでいた。

「ほぉ……前言撤回やで、あんさん、別嬪さんやな、ありやで……」

張は顎を擦りながら「ほぅ」と何度も唸って頷いた。

上質な絹の生地で仕立てられた旗袍。
腕がほとんど見える作りなのに対して、足は長い布に覆われている。しかし脇に入った切込みは深く、足は露わになるが回し蹴りが出来る。夢主は思いのほか動きやすい旗袍を気に入っていた。

張は普段人目に触れない夢主の手足をじっくり見つめた後、普段と変わらず隠された胸部に目を留めた。
警官の制服と同じ、布に覆われて見えないのに何故か艶っぽく見えてしまう。生地が艶めいてるせいか、いやいや、いつもより胸の張りが綺麗に見える。張の顔が夢主の胸に近付き、夢主は張の顔をシッシと払った。

「ちょっと貴方失礼よ、これでも貴方の教育を任された上長なんだから」

「あぁスマンスマン、あまりにも別嬪さんに変身したもんやから。若夫婦、嬉しいやないの、任務が楽しゅうなってきたわ」

「トチらないでよ、全く」

斎藤は何でこんな男を引き込んだのか。
楽しい任務やと笑う張に、夢主は眉根を寄せた。
 
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