おつまみ

現】副反応と君の反応
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✿夢主さんが斎藤さんを看病



医療が発達した社会を突然襲った感染症。
あっという間に感染は広がり、人々が疫病を恐れ苦しむのは、今も昔も変わらないと思い知らされた。
恐怖が募り、自由を奪われる鬱憤が蓄積して、世間には歪な空気が漂い始める。

そこに希望の光を差したのがワクチン接種だ。
課題は多いが効果は望める。予防接種が始まると斎藤は仕事柄、真っ先に接種を受けた。
この度の予防接種では強い副反応が見込まれる。事前に説明を受けたが、自分には関係あるまいと、斎藤は高を括っていた。

「……ちっ」

一人暮らしには広過ぎるリビング。殺風景なリビングの端に置かれたベッドに横たわる斎藤は、体温計の数字を見て舌打ちをした。

『39.84』

こんな発熱は記憶にない。発熱自体、恐らく幼少期に熱を出して以来だ。
体が重く、接種した腕も痛む。己の意思で容易に体を動かせない。不調を示すデジタル表記の数字を消して、斎藤はベッドに腕を投げ出した。

「たかだか熱で」

幸か不幸か、予防接種後三日間は安静にしろと職場から指示されている。
望まぬ休日だったが、斎藤は大人しくベッドで休んでいた。

目を閉じると心なしか体が軽くなる。
だが気は急いて、何かをしていなければ落ち着かない。
せめて情報だけでも仕入れておこうとスマホを手に取った。
職場からも仲間からも連絡はなし。休日の間は敢えて連絡が届かない仕組みでも構築されているのか。
斎藤が仕事に一切関われない事態を苦々しく思い画面を睨みつけていると、一件の通知が現れた。

「夢主……か」

夢主とは特別な間柄ではない。しかしその存在は特別で、他の誰とも違う。
そんな夢主がどこで何を聞きつけたのか、斎藤の様子を訊ねてきた。
予防接種を受けると知らせた覚えはない。しかし文面には夢主の不安な気持ちが溢れている。

「大丈夫、と返すしかないな」

斎藤はククッと喉を震わせた。
予防接種の副反応で死にそうだとは口が裂けても言えない。今回は何だ、指が千切れようが打つのは不可能と言えばいいか。
己の状況を皮肉り、夢主に返す言葉を考えていると、突然インターホンが鳴った。画面が光り、訪問者がいると告げている。

「誰だ阿呆」

オートロックのマンション住まい。出たくなければ放置すれば良い。
こんな時に来る馬鹿がいるかと罵るが、斎藤は重たい体を起こした。こんな状況を知る者はいないのだから、訪問者を責めるのはお門違い。斎藤は深い溜め息を吐いた。

しかしインターホンの前に立つより早く、スマホが鳴った。今、音が鳴るように設定してあるのは夢主一人だけ。
斎藤はインターホンを無視してスマホの通話を選んだ。

「どうした夢主」

『あぁっ斎藤さん!いらっしゃったんですね、良かった!』

「何か用か、悪いが今は」

『今、マンションの下にいるんです。あの……ご迷惑でなければ……』

斎藤は驚いてインターホンに映る訪問者を確認した。
画面に映るのは買い物袋を提げた夢主だった。小さな画面越しで表情は分からないが、少しはにかんでカメラを見ているようだ。

「今開ける」

斎藤は聞こえないよう溜め息を吐いてからオートロックを解除した。
画面から夢主が小走りで消える。斎藤は自らの恰好を確認した。普段着だか寝巻きだか分からない恰好をしている。今更着替える時間も無い。まぁいいと諦めて暫くすると、夢主が玄関でチャイムを鳴らした。

「何故来た」

玄関扉を開けながら文句が出た。夢主は申し訳なさそうに斎藤を見上げるが、斎藤の不調に気付いて目を丸くした。

「斎藤さんっ、早くベッドに戻ってください」

「フン」

夢主に押し戻されるように斎藤はベッドに追いやられた。横にならず腰掛けたのは意地だ。普段と変わらぬ様子で大きく足を開いて座り、やれやれと態度で示した。

「斎藤さんが予防接種を受けたと会社の方にお聞きして」

「連中からだと」

「はい。ご丁寧に電話をくださったんです。死んでるかもしれないから様子を見て来てやってくれと……それで、失礼を承知で訪問を……」

「ちっ、あの野郎共余計なコトを」

「ごめんなさい、その……お食事とか、お洗濯とか……必要なコト済ませたらすぐに帰りますので」

「気にするな、大丈夫だ」

強がる斎藤だが、言い終えた後、顔を覆って黙り込んでしまった。
 
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