おつまみ

現】副反応と君の反応
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「私がいると……気が休まりませんよね、ごめんなさい……」

部屋に入れた時点でお前は俺にとって意味のある存在だ。
言わなければ伝わらないのだなと、斎藤は小さく首を振った。

「阿呆」

夢主は訳あって何度かこの部屋を訪れている。
かと言って恋人同士のように一夜を過ごした訳では無い。
さほど親しくない自分がいては、気を抜いて休めない。
斎藤の性格をよく知る夢主は早く立ち去る為にも必要なコトを早く済ませようと、部屋を見回した。

「本当に構うな、部屋のコトは放って置け。俺のコトも」

変に気を使って家政婦のように動く必要はない。夢主を思い口にした言葉だが、夢主には強がりの言葉にしか聞こえなかった。
何かを感じて斎藤が気怠く顔を上げると、まさかの事態に襲われた。
夢主が斎藤の体を押し倒したのだ。

「さ、斎藤さんは強がりです、だからっ……本当は体が辛いのに無理して……でも、ちゃんと寝てください」

怒った顔で言う夢主は、必死な余り恥じらいを忘れている。
真剣な眼差しに驚いて斎藤は目を瞬くが、すぐに口元を緩めた。

「……ハハッ」

短く笑って、肩を揺らした。笑うだけで体が辛い。参ったもんだと大人しくベッドに身を預け、呼吸を整えた。
大人しくなった斎藤だが、自分を押し倒して説教した夢主が起き上がれないよう、腕を掴んだ。

「えっ」

「ククッ、そんなに身を案じてくれるとは、ありがたいな」

「そっ、それはだって、苦しそうなのに強がるからです、素直に休んでください。職場の皆さんには私から連絡を」

「必要ない」

「ひぁっ」

斎藤は夢主を引っ張り、バランスを崩させて、体を引き寄せた。

「連絡するな、したら貴様を許さん」

「あっ、あのっ、しません、しませんから、離して……くれませんか……」

体を離そうと夢主が力むと、斎藤は痛む腕に力を込めた。

「お前の体は気持ちがいい、冷たくて、気持ちいい……」

「斎藤さん……」

斎藤は呟いた後、まるで力尽きたように寝入ってしまった。
夢主は自分を抱きしめる力が弱まり、代わりに圧し掛かる手の重みが増すのを感じた。やっと寝てくれた斎藤を起こさぬよう、ゆっくりと腕の中から抜け出す。

「びっくり……した……」

ベッドから降りて、夢主は恥ずかしさで火照る頬に手を置いた。火照っているが熱くはない。斎藤の体の方が余程熱かった。抱きしめられて感じた熱っぽさ。夢主は恐る恐る斎藤の額に触れた。信じられないほど熱い。

夢主は体温計を探した。体温計はベッド脇のテーブルに置かれていた。最新の検温記録が残っているかもしれない。電源を入れると、ピッと短い音が鳴って数字が表示された。

「39.84! 信じられない、これで強がっていたなんて……」

解熱剤を飲んだ様子もない。
夢主は買ってきた薬と水をテーブルに置いた。体温計とスマホも一緒においておけば、嫌でも気付くだろう。夢主は最後にメモを添えた。

「冷蔵庫を見てください、と」

失礼します、と冷蔵庫を開けて夢主はわぁと目をぱちくりさせた。入っているのはペットボトルの水が数本、お酒が少々。冷蔵庫は空に近い。

「来て良かった……」

そう呟いて、夢主は冷蔵庫の空間を埋めていった。
食欲が無いかもしれないと買い込んだゼリー飲料の数々。経口補水液。他にも、少しでも口にしてくれたらと選んだ様々な品を冷蔵庫に押し込んだ。

部屋を見回すと、物が少ないからか片付いている。掃除の必要は無さそうだ。
広いリビングに置かれたベッド。他にも部屋はあるようだが、勝手に覗いては失礼だ。
洗濯は……嫌がるだろう。
夢主は最低限のことだけと自らに言い聞かせ、ベッドの傍へ戻った。

「怒らないかな……」

夢主は斎藤の額に、熱を奪うジェルシートをこっそり貼った。意識があれば絶対に貼らせてくれない。恐る恐る額に乗せたが、ぐっすり眠る斎藤は表情一つ変えなかった。

「よっぽど辛いんだろうな、斎藤さんがこんな無防備だなんて……」

熱は副反応によるもの。風邪ではないから時が経てば下がるはず。
暑過ぎぬよう布団を調整して、夢主は斎藤の寝顔に微笑みかけた。

「また後で連絡しますね。……今度は元気な時に抱きしめてください、斎藤さん。……なんて、ふふっ恥ずかしい」

照れ笑いを残して夢主は部屋をあとにした。


玄関の扉にもオートロック機能がある。
ガチャリと鍵が掛かる音が聞こえて、斎藤は薄っすら目を開けた。

「聞こえたぞ、阿呆」

額に感じる違和感。眉間に皺を寄せたいが違和感が増す。しかし冷たい感覚は悪くない。

「ずり落ちる不便さは無い、か」

言い訳するようにぼやいた斎藤は、再び目を閉じた。
額の冷たさが先程の心地好さを思い出させる。意識が朦朧とする中で抱き寄せた夢主の体。やけに冷たくて心地好かった。

元気になったら、してやるさ。いくらでも抱きしめてやる。
斎藤は目を閉じて、夢主から受け取った感覚を思い出し、再び眠りに戻っていった。


翌日、熱は残っていたが、その次の日にはすっかり熱は下がっていた。
いつもの活力を取り戻した斎藤は、冷蔵庫の中身を責任もって消費しろと、夢主を呼び出した。
ベット脇での呟きを聞かれていたとは露知らず、夢主は恥ずかしそうに微笑んで、「お邪魔します」と部屋に上がった。
 
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