おつまみ

明】ツンデレ部下と、綽綽上司
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斎藤は煙草を吹かしながら、いつもの蕎麦屋を目指していた。
今は昼時。賑やかな町を行き、暖簾が見えたところで、店の前に立つ人物がこちらを向いた。

「遅いですよ、藤田警部補!」

最近入った密偵の、斎藤の部下、苗字夢主が過剰に手を振っている。
斎藤は、そう言えば合流の予定だったかと、煙草を投げ捨てた。

「悪かったな、俺は忙しいんだよ」

「罰としてお昼は警部補の奢りですからね」

「わかったわかった。いいから、早く入るぞ」

周囲の目が二人に向いている。
警官が二人、一人は罪人と見紛う強面で、もう一人はおきゃんが制服を着たような若い娘。
市民が戸惑う。斎藤は夢主を蕎麦屋に押し込んだ。

「天婦羅も付けちゃうお」

「好きにしろ」

店内奥、定番の座敷席に腰を下ろすと、夢主はうきうきと壁のお品書きを眺めている。
斎藤はいつも通り、かけそばに決めている。
背後に刀を置き、手袋を外し、茶を運んできた店の者を応対していた。

「かけそばと、天婦羅そばを頼む」

「天婦羅は」

「ふたつ!」

店の娘がおひとつでよろしいですかと訊ねるより早く、夢主は応じた。
元気なお嬢さんですね、と言わんばかりに笑って、店の娘は下がって行った。
恥ずかしい女だな。斎藤は目を細めるが、注文を決められず時間を潰すよりはいいと、睨むのをやめた。

「ふたつも、良かったですか」

「お前が食うんだろ、いいんじゃあないか。俺はいらん」

「最近ずっと奢ってもらってますし、やっぱり自分で払いましょうか」

夢主は頼みすぎたかなと反省の態度を見せたものの、斎藤にしてみれば支払う意思は感じられないのだから鼻で笑うしかない。

「払う気もないクセによく言う。構うな、貴様一人分くらいどうってことない。新米警官と一緒にするな」

「うわぁっ、厭味ですっ。でも警部補ってそんなに貰えるんですか、いくら役職が上だからって」

「危険給だよ、特別手当が出ている。まぁ特務の活動費みたいなものだがな」

「危険給! なんですかそれ、私も貰えますか!」

「それなりの任務に就いてそれなりの働きをすれば貰えるんじゃないか」

「欲しいです、危険な任務、連れて行ってください!」

「機会があればな」

かけそばと天婦羅そばは、すぐに運ばれてきた。
天婦羅は二つ重なり、器からはみ出ている。
夢主は奢られることも、あげましょうかと発言したことも忘れて、「あげませんからね」と舌を出した。

呆れる斎藤だが、眉間に皺を寄せるだけで構わず手を合わせると、箸を手にした。

落ち着いた調子で蕎麦を啜る斎藤。
遅れまいと勢いよく食べ始めた新米に、斎藤の手が止まる。またも呆れて、暫し眺めていた。

多過ぎるんじゃないかと指摘したくなる量の蕎麦を箸で摘まみ上げ、一気に啜って胸を叩く。
茶で流し込み、天婦羅をかじったと思ったら「ん〜〜っっ」と感嘆の声を上げる。

余りにも幸せそうな食事の様子を、斎藤は「ククッ」と笑った。
 
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