おつまみ

明】ツンデレ部下と、綽綽上司
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「ご馳走様でした!」

「馳走になった」

蕎麦屋を出ると、斎藤は早速煙草を咥えていた。
斎藤が煙草に火をつける間に、夢主が何かに気付く。

通りの彼方に人だかりが見える。夢主が注視していると、怒号が聞こえた。

「警部補、あれ見てください、危険な任務です!」

「阿呆が、待て」

現場を指差して斎藤に伝えるなり、夢主は走り出した。
ゆっくり一服を楽しみたかった斎藤は、顔をしかめる。
深い溜め息をひとつ吐いてから歩き出した。面倒臭ささから気が乗らない。斎藤は夢主が現場に到着するのを見ても、走りはしなかった。



「そこの暴漢! 大人しく刀を捨てろ!」

「何だてめェは」

夢主が駆けつけると、いたのは刀を振り回す暴漢だった。
背は低いがガタイが良く、刀を振り回す腕は筋肉で膨らんでいる。
幸い怪我人は出ていない。周囲の人々は距離を取り、野次馬と化している。
迷いなく抜刀した夢主は暴漢に切っ先を向け、訊かれるままに答えていた。

「私は警視庁特務担当期待の新人、苗字夢主だ!!」

「新人? 新米はすっこんでな!」

「何をっ、アンタこそ、運の悪さを嘆け! あたしは危険給を貰うんだから!」

「何言ってんだてめェ!」

夢主は怯まず相手を観察した。
力任せの男は動きが鈍い。振り回すだけで、剣術の基礎を知らないらしい。
刀を振り上げて出来る"胴"の隙に突っ込む。
暴漢が刀を振り上げた瞬間、地面を蹴ろうと踏ん張ったが、夢主は地面を蹴れずに動きを止めた。

「うぐっ」

暴漢が呻いた。
斎藤が、暴漢が振り上げた刀を後ろから掴んで止めていた。

「囮役御苦労、新米警官」

「警部補っ!」

暴漢は刀を引き抜こうとするが、現れた警官の片手指先の力に敵わず、恐ろしさを感じ始めている。

「町のゴロツキ相手に名乗るな、阿呆が」

「だって! 誰だって聞かれたんですもん!」

「警視庁警官、だけでいいんだよ」

「なななっ、何喋ってやがる、離さねぇか!」

「離してもいいが、貴様、今思いきり力を入れているだろう、俺が離せば地面を叩くぞ。刀がめり込み、お前は屈む。その隙にそこの新米がお前の肩を狙うだろが如何せん新米だ、狙いを外して脳天かち割っちまうかもしれん」

斎藤が顎を動かし合図を送ると、察した夢主は刀を構え直した。
いつでも行けます、と大袈裟に力んだ八相の構えを取る。

な、なななっ、と震えた声を上げた暴漢、振り向いて見えた斎藤に抵抗する気力を失っていった。
町で暴れる子悪党の己とは違う、数多の人を殺めてきた男の眼差し。
暴漢は震えながら刀を手離した。

「警部補凄いです! それで、囮役頑張った私に危険給出ますか!」

「馬鹿か、こんなもの日常業務の範疇だ」

「えぇぇっ、食後に頑張ったのに、何にも出ないんですかぁ! だったら自分で処理したのに、何で手出しするんですか! 手柄だったのに!」

「お前、任務を舐め過ぎだぞ」

そう言う斎藤は煙草を咥えている。
舐めた態度は警部補じゃありませんかと、夢主は不満の目で睨み上げた。

「警部補だって、煙草なんか吸っちゃって」

「騒ぐなみっともない。後は他の警官に任せて行くぞ。さっさと刀を納めろ」

騒ぎに駆けつけた警官達が、既に観念し座り込む暴漢をひっとらえて連れて行く。
斎藤を見るなり目礼をする、顔馴染みの町の警官達だ。

「あーあ、頑張ったのに、藤田警部補のケチ」

「危険給は俺の裁量ではなかろう」

「上に掛け合ってくださいよ〜!」

「俺が馬鹿者だと思われる」

斎藤が煙草を口から外し灰を落とす傍らで、夢主は悔しそうに勢いよく納刀した。

「もーもーもー! 走ったのにぃ! 頑張ったのにぃ! もう走りませんよ!」

「勝手にしろ。大人しく署に戻るんだったら次の任務に関する書類を見せてやろうと思たんだが、残念だな」

「次の任務っ?! それって!」

「あぁ、特務だ。ま、場合によっちゃあ危険給もつくだろう」

「やったぁ! 仕方がありませんね、今回だけですよ、水に流して従ってあげますから」

「ククッ、頼んだぜ」

斎藤が夢主の肩に手を置いて笑った。
考えもしなかった接触に夢主が目を丸くする。

「な、なんですか」

「何って、頼れる期待の新人に、よろしく頼むと上司からの挨拶だが。いかんか」

後ずさる夢主が可笑しくて、斎藤は軽く笑むと一歩近づいた。
よろしく頼まれてはくれんのか。確かめるように首を傾げて覗き込む。

「おぉぉっ、お任せくださいっ」

夢主は口ばかり威勢よく、目を合わせるのを嫌がって顔を背けた。
矛盾した仕草に斎藤は笑いを我慢しきれない。
クックックと笑い、煙草を咥え直した。
何を思ったのか、夢主が赤い顔で身構えている。
紫煙を吹きかけられるとでも思ったのか。

「行くぞ」

強張る夢主の横を通り抜け、すれ違い間際に頭をわし掴んだ。

「ぎぁっ」

「危険給、いらんのか」

「行きます、行きますっ!」

肩越しに振り返った斎藤が誘うと、夢主はバネでも踏んだように突然走り出した。
全くお気楽能天気な新人が来たものだ。

「ま、辛気臭いよりいい」

「警部補、遅いです! 早く戻って仕事しますよ!」

「フッ、よく言うぜ」

小声で溢したあと、「あぁ分かったよ」と声を張ると、夢主は嬉しそうに斎藤を手招いた。終いには飛び跳ねる始末だ。

「暫く退屈せずに済みそうだな」

元気にはしゃいで上司を呼ぶ新人を笑いながら、斎藤は後に続いた。






お題(頂いたリクエスト内容)

・明治でツンツン新人さんを甘やかしてデレさせる余裕綽々斎藤さん
・ハピエン
・斎藤さんに笑って欲しいです


きくのんさん、リクエストありがとうございました!
 
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