おつまみ

明】弔い ──鵜堂刃衛・孤影の地獄
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血が抜ける、感覚が弱まる。
背に当たる石の尖りも気にならん。頬に当たる風だけは何故だか、心地良い。

いつからだ、眼球が黒く染まったのは。瞳孔が紅く濡れたのは。
覚えていない。だが俺は気に入っていた。

髪の色も生まれつきのモノではない。
薄れ濁ったような髪の色。
時代の動乱を潜るうち、いつしか人並みの色ではなくなっていた。

己の容姿など、どうとも感じていなかった。人斬りになるまでは。

人斬りの俺にとって、薄く変わった髪の色は疎ましかった。
薄れ濁った色が、月夜では映えるからだ。
月光が俺を照らし、闇の中に浮き上がる。標的に勘付かれるではないか。
俺は黒笠で髪を隠した。

俺は人を斬るのが好きだ。理由を尋ねるな、愚問だろう。
刹那に抗う筋の弾力、肉を断つ感触、刃が吸い込まれる感覚、吹き出す血の鮮やかさも恐れ憎み歪む人間の顔も、全てが、堪らなかった。

人斬りは自らの意志で人を斬るが、相手を選ばない。
相手を選んで向けた俺の刃は、己に返ってきた。

最後に斬ったのは己の体か。
悪くないかもしれない、己の感触を確かめて死ぬ逝けるのは。

幕末は、楽しかった。
なぁ抜刀斎、それに、新撰組の連中よ。
一方は天誅を大義名分として、一方は組織に与えられた切り捨て御免の特権を持って、堂々と人を斬った。

新撰組の連中とは地獄で再会か。いいだろう、時を気にせず斬り合おう。今度は副長や局長とも闘えるな、みな揃っているはずだ。
抜刀斎が地獄に来る頃には、俺はもっと強くなっている。

抜刀斎は強かった、が、こんなものでは、無かろう。
幕末に見たお前の剣は迷いなく人を斬っていた。
地獄で今度こそ、最強のお前と斬り合えると、待っているぞ、抜刀斎。

あぁ、月が見える。
なんと言うことだ、最期に見えるものが、美しい月などと、随分とふざけた…最期だ……
風ももう、止まったらしい。
声が聞こえる、どこからか、耳馴染んだ声が。

──ふふ……うふふ……ふ……

俺の視界は、月光に飲み込まれて、白んでいった。






──完──






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