おつまみ

明】唯一無二のヲトコ
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「全く面倒な」

斎藤はある剣戟会の視察を命じられていた。各地から剣客が集まる剣戟会。集まった剣客共と、同じく曰く付きが集まる客を調べろとの任務だ。

「俺の管轄外だろうが、全く」

大きく強い溜め息を吐いて、斎藤は掲げられた大会の幟を見上げた。

既に試合は始まっている。白熱しているらしく、怒号にも似た歓声が外まで届き、一帯を異様な雰囲気が包んでいる。女たちが黄色い歓声を上げる剣戟試合とは異なるこの大会。手配書が出回る者、出自が疑わしい者、主催する者達も集まる剣客も、観客すら要注意人物揃いの剣戟会だった。

場内に踏み入ると、幕末に見た顔が幾つか目に留まる。厄介事は御免だと、斎藤は息を潜めて場内を見回した。客席には手配書で見た男が数名。やれやれと周囲の状況を確かめる。
どいつもこいつも斬り捨てるまでもない小物ばかり。視察に来ている密偵は斎藤だけではない。奴等は他の連中に任せればよい。
斎藤は場外に出て、幕で囲まれた剣客共が控える一角を覗いた。気付かれぬよう隙間から覗く幕内の様子。黙って武器の手入れをする者がいれば、試合前から喧嘩腰の者達もいる。個性的な面々だが、斎藤はこの中に自らが対処すべき存在は無しと断じた。

「フン、帰るか」

煙草を投げ捨て帰路に就くが、喧騒から離れてもなお、人の気配があった。会場からつかず離れず追ってくる気配だ。
面倒だが、と斎藤は道を変えた。己をつけ狙う存在を放置すれば、周囲に被害が及ぶ。早々に終わらせるべく、斎藤は帰路を外れて廃神社に誘い出した。

荒れた境内で斎藤が立ち止まり背後に隙を作ると、ようやく男が一人、姿を露わにした。

「ケケ……斎藤、一」

「何だ貴様は」

己の名が売れているとは思わぬ斎藤だが、新選組三番隊組長の名ならば幾何か人の記憶に刻まれた自覚がある。
斎藤がゆるり振り返ると、男は抜き身の刀を手に、睨んでいた。

「貴様、先程の剣戟会に出ていた者か」

「ケケ……見ただろ、俺の剣技……」

「悪いが興味がなかったんでな」

大した試合では無い、会場に漂う剣気が教えてくれた。おおよその顔を確かめはしたが、否と判断した後は、すっかり忘れてしまった。
そう、目の前の男は斎藤が覚える価値無しと判断した男だった。

「嘘を吐け……見ていただろう、お前と同じ技を使う、俺をよ」

「同じ技?」

何が言いたい。気怠い目で男を見る斎藤は、暇つぶしのように煙草を吸い始めた。とっとと本題に入れと指先を曲げて動かし、煽る。すると、男はくぐもった声で話を続けた。

「俺はあの大会で負け知らずだ……皆が俺に歓声を送る……幕末から、俺はずっと、左の剣を振るう、貴様と、同じようにな」

成る程、と斎藤は紫煙を強く細く、可能な限り遠くへ吐き出した。

左手に刀を持ち、淡々と訴える男の口元は薄ら笑んで、据わった目は斎藤を睨んで離さない。奇妙な呼吸を繰り返し、時折、人ならざる声を漏らしていた。
冷静に男を観察する斎藤だが、男に切っ先を向けられると眉間に皺を寄せた。

「左で剣を振るう剣客は確かに珍しい。が、それがどうした」

「ケケ……左の剣客、必殺の突き、俺の、特権、貴様、剣を捨てる、さもなくば、ここで死ね」

「──馬鹿か、貴様は」

相手にするのも愚かしい。

斎藤は切っ先を無視して男の脇を通り抜け、立ち去るふりをして背を向けた。煙草を吸いながら、男の気配だけは感じている。
向けられた切っ先は斎藤の背を追ってくる。感じていた。やがて男の手に力が加わり、刀が鳴った。

「ちっ」

斎藤は抜刀すら面倒に感じた。男が来た。身を翻して突き出された切っ先をかわし、跳び退いた。
距離を作り、まだ十分吸える長さの煙草を捨てる。貴様のせいで不愉快だとばかりに表情を打ち消した。

面倒臭さを堪えて刀を抜く。時間をかけて厭らしく刀身を現わす。棟を鞘にあてて擦り、嫌な音を響かせる。かすれた鈍い音に呼応させ、男の精神を追い込んでいった。

「剣を習えば右の構えに直される。至極当然だ。だが、馴染む左で剣を持ち続ける者がいても不思議はない。それに言わずもがな、突きは一般的な技。俺はそれを極めたに過ぎん」

抜き切った刀を斎藤が左に持ち変えると、男は震えか故意か分からぬ様子で刀を小刻みに揺らし、ガチガチと奇妙な音を鳴らした。その音は刀の手入れが不十分な証だ。斎藤は男の刀を鑑定するが如く、切っ先から鍔まで視線を滑らせた。

「ひ、左の突きは、俺の、もの」

「主張したければ好きにすればいい。勝手にしろ、俺は知らん」

「そうは、いかない、ガ、ガトツ、俺の技、俺だけの、もの」

フゥ。斎藤は、これまでになく大きな溜め息を吐いた。

「阿呆もここまで来れば見事だな」

「な、何ををを」

相手を煽り惑わせる必要もないほど愚かしく、男の剣技はたかが知れている。
剣を合わせずとも分かる歴然とした力の差があった。

「貴様は嘘を吐いている。先程の剣戟会、控えの間に貴様の姿はなかった。無論、試合場にも、だ。剣戟会で常勝と語ったのは偽りだろ」

「お、俺は特別なんだよ、ケケ、だから、一人部屋で、出番を、待って」

「そうかい」

特別な阿呆だな。
斎藤はこれ以上の追及をやめ、自身の刀を眼前で眺めた。幕末、他の剣客らが愛用した刀よりもやや長く、棟から鎬にかけて保たれた厚み、切っ先も衝撃に耐えうる厚みを有し、磨かれた刃は目肌を隠すほど美しく輝いている。

「己が剣を振るい、その剣に責任を持つ。それだけだ。俺は悪を即座に斬る。その行いに責任を持ち行動しているだけだ。左だろうが突きだろうが、貴様も好きに振るえばいい。せいぜい責任と共に剣を振るうことだな」

「煩、煩せぇえ……俺がぁああ……唯一無二の、左の、剣客ぅう、ぅおぉぁあ!」

男がガトツと叫び、左に持った刀を突きだして飛び込んできた。足蹴にしてやろうか、考えた斎藤だが、同じ面倒を繰り返させない為、取るべき手段は一つだった。

「ちっ」

舌打ちをひとつして、斎藤は突進してくる男に正面から立ち向かった。

反り浅く、まさに牙突を得意とする斎藤の為の刀。無銘なれども、どんな業物にも負けぬ刀。
突進が始まってから構えを作って間に合うほど、男の動きが鈍重に感じられた。
引いた左肘、相手を捉える切っ先、右手を添えて狙いを定め、放つは左片手突き、牙突。

舌打ちをしたのは面倒だからだ。本来なら既に家で一息吐いている頃合いだ。こんな阿呆がいなければ、とっくに本日の職務は終わっていた。

地面を蹴った斎藤の牙突が、男の右肩を刺す。貫くまでもなく、引き抜かれた刀。斎藤の手加減が見て取れた。

「ガトツ、ガトツ! 俺のガトーツ、ぁああ、俺の、」

「牙突とも言えん、ただの突きだ」

斎藤は煩いとばかりに男を睨んだ。男は奇声を上げて刀を捨て、のた打ち回っている。血が滲む右肩を押さえるでもなく、暴れ、転がっている。

「フン、突きなど童でもするぜ」

斎藤自身、左利きの剣客を相手にした覚えはある。二度か三度か。それは覚えていない。
大したことは無かった、右だろうが左だろうが、その程度の要因だった。

「殺す価値もない阿呆が」

いつまでも騒がしい男に嫌気が差した斎藤が黙れと剣気を叩きつけ、途端に男は魂を抜かれたように静まった。
斎藤は血払いをして刀を納め、ようやく面倒な一日が終わったと煙草を取り出した。
この一本が吸い終わる頃に、やっと我が家の門前だ。

「唯一無二、ね。そんなものは他者が評してこその唯一無二だ」

幕末、共に闘った唯一無二の男達を不意に思い出した斎藤は、想定より多く煙草を味わい、我が家に辿り着いた。
そうだ、唯一無二など自ら喚く言葉ではない。懐かしい奴らのように、人々が認めてこそ称される。後の者達が決めれば良いことだ。

「まぁ、あんな男達が何人もいては、堪ったもんじゃあないがな」

ククッと笑った斎藤は、限界まで短くなった煙草を地面に投げ捨てた。





❖後記❖ >>

 
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