斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐
□101.新月の光
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「夢主、お前一人で江戸に向かうより遥かに安心だ。沖田君、君の腕を信じている」
「ありがとうございます、斎藤さん。夢主ちゃん・・・夢主ちゃんが受け入れてくれるなら僕、命に変えてもお守りします。貴女に救っていただいた命ですから」
「そんな・・・そんなこと。沖田さんは近藤さん達のお傍にいたいのではありませんか」
両親の顔も覚えていない沖田にとって、幼い自分と共に生きてくれた近藤や、兄のように可愛がってくれた土方は、特別過ぎる存在に違いない。
彼らの為に命も捨てる覚悟で上京したはずだ。
そんな大切な彼らの傍を自分の為に離れるというのか。
夢主に問われた沖田は笑顔のまま静かに頷いた。
「もちろんですよ、傍にいたいです。でもそれ以上に、貴女をお守りしたいんです。僕の手で、僕にしか出来ない事を。斎藤さんには斎藤さんの道がある。僕には、まだ何も・・・これから見つけたいんです。夢があるとお話したでしょう」
「はい・・・」
「その為にも僕も江戸に向かいたいんです。だから、丁度いいでしょう!時代から・・・歴史から姿を消せます。僕は僕なりに、新しい生き方を選ぶんです」
「沖田さん・・・」
斎藤は頷いて促してくれている。
沖田も真っ直ぐな眼差しで向き合ってくれている。
・・・あぁ・・・
二人の想いに夢主は顔を伏せて胸を押さえた。
温かい二人の想いに胸が熱くなる。
「ありがとうございます、沖田さん。・・・よろしくお願いします」
「いえっ、こちらこそ、僕の我が儘聞いてくれてありがとう、頭を上げてください・・・僕こそ、よろしくお願いします」
夢主は手を付いて頭を下げ、沖田が慌てて顔を上げさせた。
顔を上げた目には光るものが溜まっていた。
「では早速、土方さんに伝えてきましょう」
「私も・・・」
「大丈夫です、先だって伝えてあるので。後はここを旅立つ前にご挨拶を。あまり出入りしていると勘繰られちゃいますからね!」
夢主は沖田に任せ、部屋から送り出した。
するとすかさず斎藤も腰を上げた。
「夢主、ちょっと待ってろ」
そう言い残し、沖田の後を追うように部屋を出て行った。
すぐ隣の沖田の部屋へ押しかける。斎藤が沖田の部屋に入るとは珍しい。
「ちょっといいか」
「どうぞ。なんなら一緒に土方さんのもとへ行きますか」
ついて来るだろうと思っていた沖田は立ったまま斎藤を部屋に招き入れた。
部屋に二人、避けては通れない話題に向かう。
「いや、ここでいい。沖田君、夢主だが」
「分かっていますよ、今更改まらなくても」
沖田が力を抜くようにその場に座ると、斎藤もつられて腰を下ろした。
「いや、伝えておかねばならんだろう。俺はあいつに惚れている。今なら迷いもせん、正直に認めよう」
「ははっ、斎藤さんにそこまで言われると・・・何も言い返せないや」
さすがの沖田も声を潜め、淋しそうな顔を見せた。
真っ先に夢主に想いを打ち明け、支え続けた沖田だ。
斎藤はその沖田に自らの気持ちを告げる事を、少なからず後ろめたく感じた。小さな声で詫びるしかできない。
「すまんな」
しかし、沖田は厭味無く変わらない明るい笑みを湛えている。
「いいですよ、こういうのは立場は互角、謝るものではありません。早い者勝ちでもなければ、決めるのも僕らじゃない。それに・・・あの頃から、斎藤さんもずっとそうだと思っていました」
「あの頃」
自身でも迷いながらここまできたと認める想い、沖田はいつから気付いていたのか。
穏やかに微笑む姿を見て、斎藤は惟みた。
「夢主ちゃんと斎藤さんと、三人で初めてお酒を呑んだ時。あの時から、あぁ斎藤さんも・・・僕と同じ目をしている、同じ人を見ている・・・そう感じました」
「・・・そうか」
沖田は静かに頷くと笑顔を取り戻し、沈む様子の斎藤を励ました。
「やっと正直になりましたね!随分と長く掛かりました!でも僕の気持ちは変わりませんよ」
「あぁ、重々承知だ。道中、あいつの気が変わり君を見つめるならば仕方があるまい。夢主の意思に逆らわないのならば、あいつとそうなっても止めはしない。それだけの権利、君にはあるだろう」