斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□102.約束の朝
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紀州藩士を守る為に集まった男達は、襲撃の無いまま落ち着いた時を過ごし、やがて夜を迎えた。
次第に緊張が解け、武具を外す者も現れた。
寒さで強張る体を温めようと誰からともなく酒が注文され、護衛の場はいつしか酒宴へと変わっていった。
斎藤も例外ではなく、酒を手にしてひとり物思いに耽っていた。

・・・いつもと様子が違った・・・この天満屋で何かが起きるのか・・・

くっと酒を口に含み、斎藤は部屋を見回した。
行灯の火に照らされた男達の顔は曇りなく、楽しそうに酒を味わっている。
このまま何も起こらなければ明日もこのような酒宴で夜を迎えるのだろう。
窓に目を向けるが外は静かだ。入り口に目を向け、異常が無いのを確かめる。
階下にも異変は感じられない。

「空振りか」

手元に目を落とすと僅かに揺れる酒に、懐かしいものを感じた。

・・・もう、あいつと酒を共にすることも・・・

夢主が屯所を出るのは間もなくだ。
自分は忙しく動き回っている。きっともう二人で酒を呑む時間は無いだろう。
そう思うと何故か笑いが込み上げてきた。

「フッ・・・」

・・・酒に染まる夢主の色香よ、甘ったるい声でなんとも言えんな・・・

ふわふわとして、しかし絡みつく夢主の酔い声を思い出し、斎藤は口元を緩めた。
機嫌良い斎藤が珍しいのか、紀州藩士の三浦も隊士達も酒を汲みにやって来た。

「しかしこいつは、やはり邪魔だな」

斎藤は酒を置くと腕から手にかけてを守る籠手が煩わしいと外しにかかる。
夢主に強く締めてもらった籠手の紐はなかなか外れず、斎藤はやれやれと外すのを諦めた。

その時、突然足音が無数に響き、階下から敵意ある者達がやってくるのを感じた。

「刀を抜け、来るぞ!!」

斎藤の大声を合図に隊士達は慌てて抜刀して構えるが、構えが整うか否かの間に襲撃者達は襖を蹴破って侵入し、酒宴の座を蹴散らした。
狭い室内はあっという間に混乱の渦となる。
悪いことに人数で劣る斎藤たちは苦戦を強いられた。

「ちっ、火を消せっ!!」

警護対象である三浦を庇いながら指示を出すが灯りはなかなか消えない。
再度叫ぼうとした斎藤の背後に、未だ消されぬ灯りに白刃を光らせて、刀を振りかぶる男がいた。
斎藤が避わせば守るべき三浦がまともに刃を受けてしまう。振り返って刃を交えるにも間に合わない。
自らの背に落ちてくる刃を感じながら、瞬時の判断で斎藤は三浦を守る道を選んだ。
今回の任務はこの男を守ること、斎藤は躊躇しなかった。

・・・ここまでなのかっ、夢主っ・・・

俺を送り出したあのいつもと違う言葉は、自分のこの危機を感じていたのか。
一瞬の時が無限に感じられる。斎藤は屯所で待つ愛しい者の姿を思い、考えた。

「斎藤先生!!」

「っ!!」

斎藤が我に変えった瞬間、己を庇い大きく斬られて仰け反る隊士が目に入った。
目の前でよく知る隊士が濁声を上げて崩れていく。

「おいっ!!ちっ」

冷静さを取り戻すと、斎藤は部下を斬った男を一突きで討ち取った。

直後、行灯の火は消され暗闇の中で応戦が繰り返される。
機転を利かした隊士が「三浦の首、討ち取ったり!!」と叫び、それを信じた襲撃者達は我先にと逃げ出した。
やがて屯所から応援が駆けつけ、騒動は終わった。

斎藤は初めて背後を取られ、部下に守られた事実を気にせずにはいられなかった。
夢主に固く結ばれて外せなかった籠手には、いつ受けたのか、刀で削られた痕が付いていた。
 
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