斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□103.いつかの二人への旅立ち
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部屋に戻ると、夢主は斎藤に改めて座るよう求められた。
斎藤の出陣仕度はまだ整っておらず、袴も身に着けていない。
傍に白い布で包まれた大きな何かが置かれている。
斎藤はその包みを持ち上げ、膝の上で開いて中身を差し出した。

「これをお前に」

「これは・・・」

「道中、これを着ていけ」

手渡されたのは一枚の愛らしい色合いの着物。
模様は無いが、淡くとても優しい色をしている。

「ありがとうございます・・・とても綺麗なお着物」

「フン、お前の好むと言っていた色だ」

「桜色・・・」

「まぁ良く似ているな。確かにお前は桜のようでもあるがな、その色は乙女椿だ。乙女椿という花を知っているか」

「乙女椿・・・いいえ、椿は分かりますが・・・」

「お前が酔うと、乙女椿になる・・・そう思いついた時があってな」

「えっ・・・」

驚くそばから、夢主の頬が仄かに色づいた。

「フッ、その色だ。良く似合うだろう」

指摘されて照れくさい夢主は思わず手で頬を隠して顔を伏せた。

「椿を嫌う武士や剣客は多いが俺は嫌いではない。見事に咲いて落ちる・・・潔い。何より乙女椿はとても美しい花、可憐な見た目とは裏腹に最後まで花を散らさぬ椿の強さを持っている」

夢主は斎藤の言葉に顔を上げた。
凜と強く艶やかな斎藤を月のようだと感じていた夢主だが、斎藤は心の中で自分を花に例えていたなんて。
乙女椿に向けられた褒め言葉が自分に向けられた言葉のように擽ったい。
目が合うと夢主はすかさず着物に目を落とした。真新しい生地に触れた。斎藤が自分の為に選んでくれた色。

「あ・・・ありがとうございます、この着物を着ていれば、いつでも斎藤さんを想えますね」

「まぁ、そんなところだ」

斎藤もほんのり照れた自分を誤魔化すように咳払いして顔を背けた。
夢主は珍しい姿を小さく笑って着物を軽く開いた。

「これは・・・」

夢主は着物の背に入った家紋らしきものを見つけた。
丸い縁取りの中に、細長い葉が三枚描かれている。

「あぁ、それだが。俺の家紋を知っているか」

斎藤は本題に入れるなと、夢主の発見に口角を上げた。

「家紋・・・はい、確か九枚笹っていう竹の葉の」

「そうだ。フッ、良く知っているな」

「有名でしたよ、ふふっ。それで・・・これは・・・家紋になるのですか」

九枚笹とも違う紋らしきものを首を傾げて眺める夢主を斎藤は嬉しそうに見つめている。

「それは覗き紋と言ってな、九枚笹の覗き紋だ」

「覗き紋・・・」

「あぁ。俺の家紋の九枚笹が僅かに覗いているように見えるだろう。海の向こうから日が覗く姿と似ているな。覗き紋とは、いわば俺がお前に贈った品という証になる紋の表し方だ」

「へぇ・・・面白いですね」

面白いと言いつつも、特別な意味合いに顔を綻ばせている。
斎藤から贈られた証が印されている。大切な、自分だけの着物。

「家の主人が大事に思う家人、使用人などに贈る時によく使うのさ」

「そうなんですか・・・」

初めて知る風習に夢主は感心して再度、覗き紋を眺めた。

「そうだ。だが、その覗き紋の意味は少し違う」

「違う意味・・・どんな意味ですか」

んんっ・・・再び咳払いを挟んで斎藤は続けた。

「お前は使用人とは違うだろう。その・・・お前を迎えに行った時、その紋を描き足して九枚笹の紋にして欲しい」

「えっ・・・紋を描き足して・・・」

「あぁ。その時は変えてくれるか」

「ぁ・・・」

斎藤に真っ直ぐ見据えられて言葉の意味に気付き、夢主の頬はどんどん着物と同じ色に染まってゆく。
力強く、優しい声は更に続いた。

「俺と同じ紋を背負って、共に生きろ。俺と添い遂げてくれ」

「斎藤さん・・・」

着物を抱きかかえて潤み声で斎藤の名を呼ぶ夢主、涙を堪えて何度も頷いた。
揺らぎない瞳を向ける斎藤は、どんなお前だろうが受け入れるくらい容易いもんだと、頼もしい顔をしている。
同じ紋を背負い、同じ運命のもと共に生きていく、これ以上の喜びは無いだろう。
夢主は満面の笑みで愛しき者を見つめた。

「斎藤さん、嬉しいです・・・待っています、だから、ちゃんとその目で・・・確かめてきてください」

「あぁ。だが一つ・・・」

「はぃ・・・」

だが一つ、忠告の前触れに夢主の心臓が重く大きな鼓動を打った。
嬉しい贈り物だけでは済まないのか。塞ぎそうな夢主に、温かい声は悪戯に告げた。

「一と呼ぶと言っていなかったか」

「あっ・・・一さん・・・」

つい慣れた名で呼んでしまう夢主を軽く苛め、斎藤はフッと気を許した表情を見せた。

「それでいい。貸してみろ、着せてやる」

着替えくらい一人でと戸惑う夢主だが、斎藤は近付くと楽しそうに綺麗に締められた帯を解き始めた。

「あのっ、恥ずかしいです・・・着替えなら私・・・」

「いいだろ、させろ」

そう言われては、されるがまま身を任せるしかなかった。
 
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