斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□104.燃える夜空
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井上という仮の名を名乗る沖田と後ろ髪を引かれる夢主、荷物を抱えた鉄之助の三人は、京市中のある店の前で立ち尽くしていた。

「参ったな・・・ここが頼みだったんだけど」

荷物を安全に預けられる者、思い浮かぶのは比古清十郎ただ一人。
今立ち尽くしているのは、その比古との連絡を取り持ってくれていた酒屋の前だ。
店の主人によると、店を変えると断られてから比古は来ていないと言う。
だから比古に渡す荷物は預かれないと断られてしまった。守れない恐れがある約束はしない、店主の誠実さ故の拒否だった。

もう一箇所、思い浮ぶのは葵屋。
彼らが事情を知っていれば当てに出来たが、翁は以前深い関わりを拒んだ。
夢主が助けを求めていると察したが、上様の為に動く自分達は簡単には動けないと立場を通したのだ。
葵屋へも向かえない。

「新津さんが駄目なら・・・駄目もとで最後の頼み、壬生の八木さんか前川さんでしょうか」

「そうですね、女将さんなら・・・」

沖田が大きな溜息を吐いて壬生の方角へ目を向けると、突然白いものが目の前の空間を遮った。

「あぁっ!!新津さん!」

「よぉ、坊主!また会ったな」

「坊主って、また!そんなこと仰らないでくださいよ」

言い返すが、沖田はなんという巡り会わせかと幸運を喜んだ。

「ははっ、すまねぇな。しかしお前ら、こんな所で何してやがる」

二人の普段と異なる出で立ち、更には揃って荷を体に結び、大きな荷物を抱えた小僧が一人付き添っている。

「旅装束・・・お前ら」

眉をしかめ、抑えた声で言う比古に鉄之助は震えていた。
初めて触れる並外れた存在に動揺していた。身を置く新選組にも桁外れ男が揃っているが、比古は別格の何かを放っている。

「新津さん、沖っ・・・総司さん、新津さんは私の事情を知っています。だから・・・」

比古は全て承知だからこの状況を説明し、本人に荷物を託したいと伝えたかった。
しかし何も知らぬ鉄之助は巻き込めない。

「そうですか・・・分かりました。鉄之助君!」

察した沖田に呼ばれた鉄之助は、呆けていた気を慌てて取り戻した。

「はっ・・・はいっ!」

「大丈夫ですよ鉄之助君、この方は信頼できるお人です」

「はっ・・・はい」

沖田は怯える鉄之助を宥めてから荷物を受け取り、ここまでで構わないと別れを伝えた。
両手が空になった途端、淋しさで一杯になった鉄之助、一人この場から去るのが悲しくて堪らなかった。
その顔を見て夢主が一歩、鉄之助に近付いた。

「鉄之助君、ありがとう。約束、宜しくお願いしますね」

「約束?」

「はい、土方さんをよろしくお願いします。貴方は土方さんの小姓なのでしょう、我が儘を聞いてあげてくださいね、お願いをされたら・・・どんなに辛くても聞いてあげてください」

淋しさを打ち消そうと気持ちをよそへ向ける心遣いに、鉄之助も気が付いた。
ここで自分がしっかりしなければと思い直し、顔に浮かべていた淋しさを封印した。

「夢主さん・・・分かりました。私はこれで土方先生のもとへ戻ります。沖田先生も、今までありがとうございました!私もいつか、お二人をお訪ねします!」

指を立てて「しっ」と沖田の名を封じる姿に、「あっ」と気まずく声を漏らし頭を下げた。

「鉄之助君、その名は」

「すみません、つい・・・市中に出たらその名前はいけませんね」

「次会う時は、井上で」

「はい」

深くお辞儀をして去ってゆく姿に、夢主はいつの日か土方に一人戦乱の地から送り出される鉄之助の姿を思い描いて重ねた。

「どんなに辛くても・・・鉄之助君は生きて土方さんの想いを繋いでください・・・」

感慨深く鉄之助を見送る夢主の前に、比古が歩み出た。

「随分と訳ありだな。二人揃って旅装束・・・沖田を総司と呼び・・・まさか駆け落ちか、お前の相手は斎藤じゃなかったのか」

比古の言葉に思わず切ない気持ちを忘れ、二人は目を丸くした。
 
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