斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐
□105.駆けるものを求めて
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「沖田さんだけではなく、他の新選組の皆さんも船でした。負傷した方の乗る船と動けるみなさんの乗る船に分かれて、沖田さんはご病気だから負傷者の船に・・・確か大坂からだったかな」
「皆も?江戸に行くんだ・・・大坂から・・・参りましたね。東海道、関所を誤魔化せるものか・・・山道を行くにも危険です。今は雪もある。・・・船」
もし船で共に行けるのならば、これは安全な手段かもしれない。
沖田は夢主の顔を見て可能かどうかと瞳で訊ねた。
「行けると・・・思います。合流できれば・・・船は事故もなく到着するはずです」
「そうなると大坂へ行かないといけませんね。いつかは分かりますか」
「それが・・・将軍の徳川慶喜が大坂城を抜けてすぐとしか・・・」
「えぇっ、上様がっ?!」
「はい・・・国の為を考えてと言われていますが二条城から大坂城へ、そこから江戸へ・・・幕臣をはじめとするみなさんを置いて江戸へ戻るんです。それを追って新選組のみなさんも・・・」
「そんな事が・・・」
しかしそれが歴史と言いうものなのだろう。
思えば田舎から出てきた者達が地位や名誉を与えられ将軍や京の町を守るなど、少し前では考えられなかった。
「そうですか・・・でもこの状況下で歩いて大坂へ向かうのは厳しいですね」
「どうしましょう・・・」
「馬があれば・・・夢主ちゃん、馬に乗ったことは」
「えっ、ありませんよっ!私のいた世では馬は・・・一般的ではないというか・・・乗ったことはありません」
「そうですか。でも夢主ちゃんも僕も体が小さいですから、きっと二人乗ってもそれなりの速さで進めるでしょう」
「馬で大坂に向かうのですか」
「はい。僕が手綱を捌きますから大丈夫。新選組の厩舎に馬が残っているといいのですが・・・一度様子を見に行く必要がありそうですね」
「京へ下り、そのまま行くのだな」
見守っていた比古の問いに二人はゆっくり頷いた。
「分かった。だがちょっと待て。ひとまず一度小屋に戻れ」
比古はそう言うと二人から離れ、先に小屋へ続く道を下り始めた。
二人になって沖田は改めて夢主に諭すように語った。
「僕が先に行って馬を用意します」
「待ってください、私も一緒に行きます!もし馬が無くても・・・一緒にいればすぐに次の方法を考えられます」
「でも・・・・・・分かりました。万が一も考えられますね、これからはなるべく離れないよう、行動しましょう」
「はい、沖田さん」
「ここからは・・・総司にしてください」
「はっ・・・総司さん・・・わかりました」
「うん」
よろしくねと、新しい名で生まれ変わるように、改まった笑顔で沖田は応えた。
小屋に戻ると夢主は中で待ってくれていた比古に頭を下げ、自分の荷物の中からずっと沖田に渡したかった物を取り出した。
屯所を出る前に斎藤と土方に相談し用意してもらった物だ。薄く柔らかく、動きを制限しない優しい物。
「あの、これを・・・」
「えっ、何でしょう、わっ!夢主ちゃん!」
夢主は藍染めされた質の良い晒しを沖田の首元に巻いた。
「何の真似でしょう、これは・・・」
「総司さん、名前を変えたって京にいるうちは顔が知られています。少しでも隠せればと・・・それに、道中土埃だって気になるでしょう、覚えていませんか大掃除の時。総司さん埃に物凄くむせていました。きっと気管支が・・・埃とかに弱いんじゃないかと・・・これで、口元を隠してください。体の為です」
「うぅん・・・邪魔ですよ・・・」
「駄目です!これは土方さんにも相談して用意していただいたものなんですよ!土方さんからの命令です、体に気をつけろと。輪っかに通してあるだけなので、前を引っ張ればすぐに取れますし・・・細かい埃で肺が傷ついちゃいます」
「はははっ、分かりました。確かにすぐ外せる巻き方ですね・・・体を気に掛けてくれてありがとう、嬉しいですよ」
「フン、夢主には俺からこれをくれてやる」
先に戻った比古は薄っすら埃の積もった普段開かれない行李の蓋を外し、取り出した物を夢主に差し出した。
「これは・・・」