斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□105.駆けるものを求めて
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辺りがすっかり暗くなった頃、小さく呼ばれる声に目を覚ました。

「夢主ちゃん、夢主ちゃん、起きて下さい」

「あっ!おはようございま・・・」

辺りが暗い。夜だと気付いて言葉を飲み込んだ。
沖田は既に出立の準備を整えており、どこで準備したのか、火はまだ灯っていないが旅提灯まで置かれていた。

「さぁ早いうちに動きましょう」

「はっ、はい」

慌てて体を起こして布団から飛び出るが、沖田が目の前で可笑しそうに声を殺し笑っている。

「どうしたんですか、総司さん・・・」

「ごめんなさいっ、あはははっ、そんなに飛び起きなくても大丈夫ですよ。お腹を満たしてから行きましょう」

「あっ・・・嬉しいです!」

思わず腹に手を置き、その具合を確認してしまった。次、いつ落ち着けるか分からないなら、ここで食事を取るべきだ。
にこにこした顔で提案する沖田に従い、食事を終えてから二人は出会い茶屋を後にした。

細い道を選び南へ南へと下り、あと少しで新選組の馬の厩舎という辺りまでやって来た。

「流石に屯所は抑えられていると思うので、様子を見て馬がいれば一頭奪ってみます」

「一人でですか、大丈夫ですか・・・きっと沢山の敵が・・・」

「待っててください、馬を盗むくらいは簡単です」

夢主を物陰に残し一人行こうとする沖田だが、突如後ろに現れた気配に沖田はしまったと舌打ちした。
抜刀するが、気配と自分の間に夢主がいる。咄嗟に突っ込めない。
じりじりと間合いを詰めたいが、勢いある突きならば、夢主の脇を抜け敵の刃を気にせず戦える。そう考えた沖田は地面を一蹴りし突進を見せた。

「待ってくださいっ!!」

影の中に現れた人物に呆然と顔を向けていた夢主が叫んだ。
しかし間に合わず、沖田は目の前の人物と刃を交えていた。

「待てっ!」

「貴方はっ」

鍔迫り合いを止める相手に対し、力を緩めない沖田、相手が仕方なく刃を振り払って言葉を強めた。

「待てと言うのに!俺はもう敵ではない!!」

「そんなまさか、信じられるわけが無い」

ちゃりっと金属音を立てて再び刀を向ける沖田だが、男は溜息を吐きながら納刀してしまった。
沖田はそんな男の行動を怪訝に思い、眉を寄せて夢主を横目に確認した。
男の手が届かない場所にいると安心し、刀を構えたまま相手を尋問しようとするが、夢主が間に割って入って来た。
沖田は慌てて夢主を背後に隠す。

「夢主ちゃん!」

「大丈夫です、緋村さんはもう・・・」

「緋村抜刀斎、長州の志士」

沖田の張り詰めた声に夢主は首を振り、気を和らげようと微笑んだ。
以前共に過ごした日には一つ傷だった頬に、今はくっきりと十字の傷が刻まれている。
その傷が持つ意味に、込み上げてくる涙を堪えて微笑んでいた。

「大丈夫です・・・緋村さん、伏見の戦いの後に抜けているんですよ、長州維新志士、遊撃隊という立場から・・・」

「本当ですか」

夢主は訊き返す沖田に頷いてから、何故お前が知っていると驚く緋村に、にこりと首を傾げた。

「本当です、そうですよね、緋村さん」

「あぁ・・・俺はもう抜刀斎ではない。ただの浪人だ。緋村剣心・・・それが俺の名だ」

「緋村・・・剣心さん。それじゃあ本当に」

根は優しい人物だとは思っていたが、本当に人斬り働きから足を洗ったのか。
突然の転身を俄かには信じられないが、夢主が言うからには事実なのだ。
沖田は比古に語った緋村の「いつか」が早くも訪れたのを悟った。

「戦には参加しないのですか」

「あぁ、本当に一介の流浪人だ。だが夢主殿は本当に不思議な人だ・・・長州の人間でもまだ知る者は少ないというのに」

「ふふっ、色々知っているとお話した通りです」

「そのようだな、それにその着物・・・」

緋村は夢主が羽織る道中着に見覚えがあった。
月明かりに照らされた夢主の手元に見える、花の織り模様。

「それは確か師匠が・・・師匠の所で見た覚えがある。寒くて着る物を探していた時に、それを引っ張り出して体に巻いていたら酷く怒られたもんだ。それを夢主殿が・・・」

やはりこの人は師匠の特別な人なのか・・・緋村は驚きの目で夢主を眺めた。
 
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