斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□106.冷たい船の燭
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京の新選組不動堂村屯所そばにある馬の厩舎へ行く途中、遭遇した緋村の力を借りて馬を得ることに成功していた。

緋村が既に抜刀斎の名を捨てたと知る夢主の説得で、沖田も緋村が馬を連れて戻ると信じ待ったのだ。
四判刻もしないうちに、約束通り馬と共に戻って来た。

「本当にありがとうございます。怪しまれませんでしたか・・・」

「大丈夫、今あそこを押さえている連中に俺は顔が利く。何の疑いもなかった」

「良かった・・・」

ほっと胸を撫で下ろす夢主を横目に、緋村は馬の手綱を沖田に渡した。
夜に慣れた良い馬だ。そして緋村は大坂までの道のり、自分が知り得る限りの状況を語った。

「時間が掛かっても淀川沿いの平地は通るな、迂回して行け」

最良の道を聞かされた二人は大きく頷いた。

「本当に江戸に向かうのか」

「はい、江戸で・・・大好きな人を待ちたいんです」

「大っ・・・」

夢主の正直な告白に緋村は妙な照れ臭さを感じた。
まさかその相手が伏見で命を懸けて戦った斎藤一とは微塵も考えていない。

「緋村さん、ありがとうございます。またお会いしましょう」

「また・・・」

再会を望まれ戸惑うが、向けられた真っ直ぐな瞳に降参して薄っすら笑みを浮かべた。
一度出会えば二度目は無い、そんな日々を過ごしていた自分が再会を願ってもらえるとは、なんと心苦しくそして嬉しいことか。

「あぁ、また・・・会えるといいな」

誰かに生きて欲しいと願い、願われるのがこんなに心地の良いものだったとは。
緋村が目を細め見守る中、夢主は生まれて初めて馬に跨ろうとしていた。

「乗る時に馬のお尻を蹴らないように気をつけて下さいね」

沖田の助言を受け、緋村の手助けもあり、怖々ながら馬に体を乗せた。
すると思った以上に視界が高くなる。沖田が後ろに乗るのを、未だか未だかと不安な思いで待った。
沖田はよく知る馬なのか、二、三言葉を掛けて、首を撫でてから夢主の後ろに跨った。手には手綱が握られている。

「それでは緋村さん、お世話になりました。まさかこんな日が来るとは思いませんでしたが・・・次もしお会いする事があれば、その時こそ本当に、ただの剣客として手合わせをお願いします」

「約束は出来ぬ・・・俺は何の為に剣を振るうのか・・・それを探す旅に出る」

「そうですか・・・見つかるといいですね」

既に自分の道を見つけた沖田は、涼やかな笑顔で緋村に軽く会釈した。
後ろから支えられ包まれるように座る夢主も笑顔で会釈をし、緋村と別れた。
月明かりのもと、二人はひたすら大坂を目指した。

無事に小路から抜け走り去った馬の姿を見届け、緋村も旅路を再開した。

「江戸か・・・俺が殺めた人は東の者が多い。東へ向かい、道中残された者を訪ね頭を下げるか・・・決して許されなどはしないだろうが」

今まで手に掛けた者は幕府の重職者やその周りの者が多かった。緋村の頬に傷を残した二人も、東から京へ来た男と女であった。

「東へ・・・向かおう」

歩くうちに冷たい石畳の路地に出ると、いつかの満月を思い出して夜空を見上げた。
祝言を控えた若者の幸せなその先を奪ってしまった夜。
殺した事に、殺した者に、初めて感情を抱いた夜だった。

路地に目を落とせば、今はただ冷たい石畳が暗闇の中へ続いている。

「来世で幸せになってくれ・・・なんて身勝手な言葉だったんだろうか、俺は・・・巴・・・」

緋村は左頬に触れ、血が滴っていないのを確認し再び歩み始めた。
 
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