斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□106.冷たい船の燭
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馬で大坂へ向かう道中、夢主は慣れない大きな揺れに振り落とされないよう、必死にしがみ付いていた。
馬の体を挟む足に力を入れ、体を屈めて蔵を掴んでいた。
後ろに座る沖田は慣れたもので、手綱を捌きながらそんな夢主の背中を見て口元を緩めていた。

「夢主ちゃん、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

「えっ」

必死にしがみ付き沖田の声が届かなかった夢主は聞き返すが、振り向く余裕は無い。
その姿に今度は歯を見せて笑った。

「ははっ、怖いですか」

少し顔を寄せて訊ねると夢主は前を向いたまま何度も首を縦に動かし、懸命に訴えた。

「緊張しなくても大丈夫ですよ、少し背筋を伸ばしたほうが怖くありませんから。ほら、僕も支えますよ」

怖がる夢主を気遣い馬の足を緩めると、夢主は恐る恐る体を起こし、僅かに振り返って大丈夫だろうかと沖田の顔を確認した。

「そう、それでいいですよ。この方が咄嗟の時に僕の手も伸びます」

「あっ・・・はい」

手を伸ばせばすぐに抱えられる。夢主は背中に沖田の体温を感じ慌てて前を向いた。
沖田は夢主が怖がらないよう、小さな体を腕で挟むように手綱を握り直した。夢主の緊張が伝わると沖田は更に目を細め、優しい声で出発を告げた。

「もう大丈夫ですね、急ぎますよ」

「はい」

馬の速度を上げる沖田の腕の動きも足の動きも直に伝わってくる。
恥ずかしさで体を固くする夢主だが、目を上げて見えた景色にその緊張も忘れてしまった。

「綺麗・・・」

月影になった森の黒い木々の間から、満天の星空が飛び込んできた。
夜道を照らしてくれる大きな月も浮かんでいる。

・・・斎藤さんも・・・一さんも馬の扱いできるのかな・・・

「出来ますよ」

「えっ」

「今、斎藤さんを思い浮かべたでしょう」

「何でわかるんですか・・・」

「前を向いて、危ないですよ」

振り返ろうとする夢主をたしなめ、沖田は続けた。

「斎藤さんを想う夢主ちゃんの空気といいますか、独特の雰囲気になるんですよ、自分じゃ分からないでしょう、はははっ」

思わぬ指摘に夢主は赤い顔を作り上げた。
後ろから見えなくとも火照った顔が想像付く沖田は、にこにこと目の前で俯く夢主の頭に微笑んだ。

「馬、扱えますよ。斎藤さんは何でも出来ちゃう人ですからね、馬術の指南もありましたし幹部の皆は乗れますね」

「そうですか・・・一さんも馬に・・・」

斎藤が手綱を捌く姿はいささか想像しがたいが、その体に抱かれるように守られながら馬に乗る事があれば・・・思い描いた夢主はますます顔を赤くしていた。

「緋村さんのおかげで無事に大坂に辿り着けそうです」

「はい、静かですね・・・」

敵兵との遭遇も頭に入れていた二人だが、緋村の助言に従い進む山道は静まり返っていた。

「大坂に着いたら新選組の陣を・・・土方さんを探しましょう。思ったより早い再会になりそうです」

「・・・はい」

「どうしました」

「・・・一さんには、会えないと・・・思って」

「斎藤さんに?一緒にいるのでしょう」

「そうではなくて・・・会ったら、心が・・・決意が揺らいでしまうので・・・」

「そう・・・ですか。新選組の皆と合流できれば船には乗れるでしょう。えぇと、病人怪我人の船に乗せてもらえばいいのですよね」

「はい」

「それなら斎藤さんと鉢合わせる事も無いでしょう。あの人がそう簡単に深手を負うとは考えられません」

「ふふっ、そうですね・・・怪我人の船には近藤さん、土方さん、それに山崎さん・・・」

「どうしました」

ハッと何かに気付き動かなくなった夢主から理由を察して、沖田も顔を曇らせた。

「山崎さんも・・・ですか」

「はい、船の中で・・・」

「そうですか」

井上に続き、数少ない心から頼れる味方をまた失う。
山崎への惜別の情と、自分とは別の道を歩んでいる近藤と土方の心痛を思い、沖田は自身の心も痛めた。

「夜が明けてきたら一旦馬を休めて・・・辺りの様子を窺ってから進みましょう」

「わかりました」

道中の全てを沖田に委ねている夢主は迷いなく頷いた。
東の空はまだ暗く星も月も煌々と照っている。今しばらくはこのまま進めるだろう。
二人は暫く口を閉ざして揺られながら、馬に道行きを任せた。
 
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