斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□106.冷たい船の燭
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戦と関わり無くとも巻き込まれる民は多い。
戦が始まってもそれまで通りその場に留まる者もいれば、離れて暮らす親族を頼る為に家や村から避難する者もいる。
夜が明けて、大坂入りした二人は山の麓でそんな逃げてきた者とすれ違った。

間違いなく戦は広がっている。
沖田は人々が荷を背負い、疲れ切った顔で急ぐ様子を馬上から見送り現実を噛み締めた。

「皆は大坂城か・・・船ならば天保山でしょう。先回りになるかもしれませんが港に向かいましょう」

「はい、お任せします」

京の伏見から淀川に沿い大坂へ下り、そして天保山から江戸へ向かう船に乗る。この時代の京と江戸を結ぶ船路はこのような路だった。
今はどこにいるか分からないが、最終的に土方達がやってくるはずだと、迷わず天保山を目指した。

辿り着いた港は見渡す限り幕府側の人間がいるだけで、夢主達も堂々と近寄れた。
馬の歩みを緩め船を守る兵に近付くと、誰が来たのかと確認に寄ってくる幕臣にこちらから声を掛け、新選組の隊士を呼んでもらった。

馬から下りた二人は安堵して顔を見合わせた。

「土方さんに伝えてください、沖田が来たと」

この場で気遣いは無用だろうと慣れ親しんだ名を名乗った。
隊士は沖田の出現に驚くが、その願いに素直に「はっ!」と応え、船内へ駆けて行った。
その隣で夢主は辺りを見回し、斎藤の姿が無いのを確認していた。

「あの・・・新選組の永倉さん達は・・・」

斎藤の名を直接訊ねるのは気が引けた為、一緒に行動しているはずの永倉の名を出した。
幕臣ならば何か知っているかと、駆けだした男と共にやってきた男に訊ねたのだが、男は夢主を一瞥すると目の前の巨大な船を見上げた。

富士山丸、幕臣の男につられ見上げれば、日本最高峰の山から取られた名前を付けられただけあり、何とも見事な軍艦だ。
黒く塗られた船体は堂々とした威厳を放ち、とても負けて追いやられる兵達が乗り込んでいるようには見えない。

「富士山丸は今日中に出港するでしょう。永倉殿達は昨日、順動丸にて既に出港されております」

「昨日・・・」

ほっと安心したようで残念な気持ちもある。
複雑な思いで隊士が戻るのを待っていると、返事を持った隊士ではなく土方本人が船から降りてきた。

「総司!!夢主も・・・なんだってお前らこんな所に!!まだいやがったのか・・・」

とっくに京を出たと考えていた土方は驚きと怒りを滲ませた声で叫び、二人の前に立った。
しかし沖田はお構い無しに戻ってきた隊士に馬の手綱を託した。

「難しい道だったでしょう、よく頑張ったね、ありがとう」

沖田が声を掛けて首筋を撫でると、馬は懐いているのか鼻を小さく鳴らし、甘えるように鼻先を沖田の顔に擦りつけた。
子供と動物に懐かれるとは何とも沖田らしい。夢主は微笑ましく眺めた。

「お馬さんとはお別れなんですね」

「えぇ、でも大丈夫。賢い子ですからちゃんと元の場所まで戻るんですよ。厩舎に戻れば僕らがいなくても馬は大事にされますから・・・」

馬に触れながら顔を伏せた沖田の悲しい声色に反応したのか、馬が鼻を擦りつける力を強め、沖田は笑ってよしよしとたしなめた。
隊士には放す前に馬の食事を頼んだ。
馬を託すのを待っていた土方が、不機嫌そうに口を開いた。

「それで、何でこんな所にいる」

「ここではなんです、中で・・・ね、土方さん」

「全くお前って奴は・・・夢主を任せて大丈夫か心配になってきたぜ」

「理由があるんですよ!さぁ僕らも船に乗せてください!!いいでしょう」

土方の体を無理矢理船に向けると沖田は嬉しそうにその体を押し始めた。夢主は沖田が馬を託した隊士に頭を下げ、二人の後に続いた。

「ふふっ、本当にお好きなんですね・・・」

別れてから一月も経っていないが、この再会は沖田を無邪気な笑顔に戻した。
船に乗り込み土方の案内で進む間、土方と沖田は互いのこれまでの出来事を周りに聞かれても差しさわりの無い内容で報告し合っていた。

「知っているかも知れんが、この船は病人と怪我人だらけでな。お前らは悪いがこの船室に入ってくれ」

「はい」

扉が開かれて中に入った二人に微笑みかけたのは、弱った様子で横たわる山崎だった。

「山崎さん!」

土方の部屋に通されると考えていた沖田は驚いて振り返るが、「頼む」と瞳で返され、黙って了承した。
世話をしている若い隊士が入ってきた二人に驚いて頭を下げると、土方が顎をしゃくって出した「暫く部屋を開けろ」の合図に従い船室から出て行った。
 
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