斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□107.会津新選組
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船内の土方の部屋前では出てきた土方が重たい扉をゆっくりと閉めて、兼ねてから気になっていた件を下船前に確認しようと、そこで警護に当たっていた斎藤の前に立った。
壁にもたれていた斎藤は真っ直ぐ立ちなおすが、目を合わせ何か用かと顔に浮かべている。

「斎藤、お前本当に怪我してねぇんだろうな。今更だが、こっちの船に乗った理由は本当に俺と近藤さんの護衛だけなのか」

「ええ、他に理由はありませんよ」

「そうか・・・ならいいが」

斎藤の体を目視で確認するが不具合があるか否かはわからない。
土方は仕方が無いと視線を動かすのを止め小さく溜息を吐いた。

「そうだ、総司と夢主だがこの後は医学所に入ってもらう」

「医学所ですか」

「あぁ、さっき下船の指示を伝えに行ったら、元々の歴史がそうらしいと総司に医学所行きを求められたのもあるが、もうひとつ。良順先生に会わせてぇ俺の理由がある」

「沖田君をですか」

「あぁ、最後にもう一度、肺を診てもらう。良順先生にいつまで診てもらえるかもわからねぇからな、いい機会だろう」

「そうですか」

「不満なのか」

「いえ、そうすべきだと思います」

「下船の準備、お前もしておけよ」

そう言い残し立ち去る土方は、先程夢主に下船の話を伝えた際の哀しい瞳が目に焼きつき、胸につかえていた。
頭から離れない不安でいっぱいの夢主の別れ際の顔を振り払おうと、頭を振って歩いた。

斎藤は土方が去った後、袖の上から隠れた腕の包帯に手を触れた。鳥羽伏見の戦いでついてしまった傷だ。
幸い銃創ではなく刀傷なので、自分で手当てをして包帯を巻いてやり過ごしていた。
しかし傷が化膿しないよう、医者に見てもらいたいのが本音だ。

「まぁ、あいつらに会わないよう遅れて出向くか」

それから間もなく品川に入港し、歩ける者は自らの足で、歩けない者は世話役に助けられながら次々と船を降りた。
近くの釜谷に宿を取る者、真っ直ぐ医学所に向かう者と別れて進む。夢主と沖田は医学所に向かう近藤らの後に続いた。


斎藤は言葉通り夢主と沖田の医学所入りから遅れること四日、ようやく治療に赴いた。
到着するなり助手に良順の元へ案内され、治療を受ける間に新しい包帯まで手渡された。

「何の説明も無しに、これは一体どういう理由でしょう」

どうした、何の用だ、怪我か、そんな質問攻めから始まると構えていたが、良順の前に案内され座るなり怪我を見せろと治療が始まった。

「ははっ、聞いてなかったのか。先にここに来ていた愛らしい娘さん、ほら京の屯所でも見かけた別嬪さんが用意した包帯だよ。きっとここに来るだろうからとな、いもしないお前の傷の手当を先に儂に頼んできた、今思えばおかしな娘だ」

「夢主・・・」

「あぁ。だが見事な娘だな、よく見ていたのか」

いや、会っていないのだ、見て気付いたわけではない。
知っていたのか・・・斎藤はフッと本人も気付かぬ間に口元を緩めていた。

「そう、その夢主さん。偉い別嬪さ。待っていれば良いと告げたのに、お前さんには会えないとよ、何があるか知らねぇがお前と娘と一緒にいた沖田、三人の痴情のもつれか」

「まさか・・・違います」

「ははははっ、だろうな!沖田は真面目な男だ!それに娘の背中の覗き紋がお前さんの家紋から来てると先程聞いたばかりだ。お前、なかなか隅に置けん男だな」

「いえ・・・」

良順の傷の手当は見事な手際で手早く進んだ。
斎藤自身の処置も良かった為に、傷を見て清めた後は化膿止めの薬を施して直ぐに治療は終わった。

「まぁ、お前に会えない理由はわからんが、あの娘がお前さんを慕っているのは嫌というほど伝わってきたよ。厳しい戦だが負けるな」

良順の負けるなとは死ぬなという意味だ。
斎藤は渡された替えの包帯を手に、しっかりと頷いた。

「ひとつ、伝言があってな」

「伝言」

「夜襲には気をつけろと・・・まぁ戦の中、夜襲を警戒するのは当たり前だな。だがお堂がどうとか言ってたぞ」

「お堂の夜襲・・・」

・・・あの阿呆ぅが、余計なことを・・・

手当てを終えた斎藤は再び土方達と合流するため医学所を出た。

その医学所で夢主と沖田は医者の良順に頼み、身を隠すための場所を整えてもらっていた。
本来なら沖田最期の地となる植木屋の離れである。
 
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