斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐
□108.闇に消える狼
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鶴ヶ城へ呼ばれた斎藤は城に入る前、市中を単身、巡察気分でひと回りしていた。
城下は日常の生活を営む民がいる一方、忙しく銃器武具を運ぶ者や、甲冑を身に着けて重そうな体でどこかへ急ぎ走る者がいる。
「戦だな」
そんな市中の様子に一言漏らし、城へと向かった。
門兵に名を告げ城内に招き入れられると、その光景に思わず声が出た。
「女がいるのか」
戦が激化しているにも関わらず城内に留まる女中の多さに驚いた。
「女中の仕事は今まで通り女が致します。男が飯炊きや治療に当たっていては、兵として出撃出来る男手が減ってしまいましょう」
「成る程、理に適ってはいるな」
案内を務める男の言葉に頷いた。
斎藤よりひと回りほど年上だろうが、若々しく力強い男だ。
・・・女か・・・夢主が話していた女ももしかしたらこの中にいるのかも知れんな。会って、確かめて来い・・・か。やれやれ・・・
「さ、山口殿こちらです」
謁見の間に案内しようとする男を見て、斎藤はふと思い付いた。厄介事が早々に済むかもしれないと。
斎藤は機嫌の良い声で訊ねた。
「その前に、時間が許すようでしたら城内を一通り案内してはいただけませんか。我ら新選組が城内に就くやも知れません」
「そうですか・・・よろしいでしょう。ご案内致します」
こうして斎藤は城内で手っ取り早く高木時尾を確認し、夢主に「会って来た」と告げられる事実を作ってしまおうと考えた。
顔さえ合わせれば文句も言われまい、それで終いだとひとりニヤリ口角を上げていると、突然飛び出してきた者に体当たりされた。
「っ・・・」
早々に面倒な仕事が一つが終わるとほくそ笑んでいた斎藤だが、不意の衝撃に心の中で舌打ちをした。
世話になる会津藩の城内でなければ正直に舌打ちの音を出して文句の一つでも言っていた。
ぶつかってきた相手に運が良かったなと睨みを利かせるべく目をやるが、相手が女と気付き小さく溜息を吐いた。
文句を言う訳にも、どつく訳にもいかなくなったからだ。
だが驚いたのは斎藤が逆に文句を言われた事だった。
「お気を付けくださいまし!!」
「これ、控えなさい」
斎藤を案内していた男にたしなめられ言葉を慎むが、女は会津の侍達と異なる斎藤の洋装姿に眉をしかめた。
そして渋々ながら気遣いの言葉を口にした。
「お怪我はございませんか」
「あぁ?あぁ、ぶつかった程度で怪我などは・・・」
「そうではございません!戦で怪我はしておりませんかと訊ねているのです!ここは治療の場です、治療が必要なければ早々にお立ち退きくださいまし!!」
「これ!時尾殿!言葉を選びなさい!」
「私は急いでおります。水を汲んで参ります故、失礼致します」
フン!とばかりに首を振り、たらいを抱えて斎藤の前から消え去った。
「いやはや山口殿、大変なご無礼を致しました」
「あれは・・・随分と気性が荒い女中ですね」
「お恥ずかしい、あれでも照姫様の祐筆を務める者なのです。品も学もある者なのですがなかなか気が強い女子でして」
「ほぅ、ご祐筆でしたか。フッ・・・私は気に致しませんのでお気遣い無く」
・・・確かに時尾と声を掛けていた。夢主の言う、あれが俺の妻になる・・・はずだった女か。なかなか、じゃじゃ馬なことで・・・
確かに気品ある美しい顔立ちをした斎藤好みの女だった。
勝気で負けず嫌いな性格も嫌いではない。
「やれやれ、これで終わりだな」
「山口殿?」
「いえ、失礼致しました。城内はおおよそ分かりました。ご案内かたじけない」
「そうかもう良いか。ならば容保様に御目通りと行きましょう」
そうして通された謁見の間で松平容保に拝謁し、労いの言葉を受けた。
今しがた城内を見て回ったと聞かされた容保にその印象を質問され斎藤は正直に返答した。
「活気に満ち、みな目に熱い光を宿しており会津はこれからであると知らされた次第であります」
藩士はもちろん女子まで見事な働きぶりと語る斎藤の素直な言葉に、傍に控える側近も容保自身も込み上げてくる愉快な感情を堪えて耳を傾けていた。
「山口殿、そなたは実に面白い男よ。女子が見事であったか」
「如何にも」
「そうか、それは良い」
斎藤の戯言をさらりと流し、容保は楽しさを顔に表したまま立ち上がった。
謁見は励ましの言葉を受け軍資金を賜り、手短に終わった。
その後、城内を案内した家老が面白がり斎藤と時尾のやり取りを伝えると容保は静かに顔を崩した。
「切迫した時に冗談が言えるとは大したものだ。山口二郎に・・・時尾か。二人共これから頑張ってもらわねばならぬ人材だな」
穏やかに言い、城の奥へ消えて行った。