斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□109.さよなら
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「いたか」

「そっちだ、・・・ぅっ」

声を掛けて返事を耳にするが、次に振り返った時には立っているはずの仲間が音も無く消えている。
怖ろしくなり別の仲間に顔を向けると、そこにいたはずの仲間の姿も消えている。次々と仲間が消え、森の夜闇が恐怖を煽った。

「ぁあ・・・なんなんだ・・・一体・・・あぁっ!!」

残った男が狼狽えて目を泳がせていると、近くの木の後ろから、ふらりと黄金色の光が現れた。

「ひぃ・・・っ・・・おお・・・かみ・・・」

暗闇に揺らめく光。震える手で槍を向けるが、その光はまだ間合いの向こうにいる。
間合いを詰めるどころか恐怖で一歩二歩と退く男、しかし光も一歩二歩と離れた分だけ近付く。
男は更に三歩四歩とよろめきながら、暗闇から薄い月明かりが辛うじて届く場所まで退いた。

「なっ・・・人・・・」

「フン、狼で結構」

男が月明かりの中で目にした黄金色の光の正体は瞳の色、狼の様な細い目をした男の瞳だった。
斎藤一を知らない男だが、目の前の人物が危険な存在だと本能で察知した。

「な、何故こんなことを・・・貴様、何者だ!一連の殺しは貴様の仕業か!!」

「殺し・・・確かにそうだ。人斬り・・・人殺し・・・何故かと聞いたな。俺はただ己の正義に従っているまで。貴様らは会津の城下で俺と同じように人を殺した。だが戦でのこと、相手が敵兵なら仕方あるまい。互いの正義の為に戦ったまでだ」

官軍の男は槍を向けたまま震えている。

「だが、貴様らは無関係の会津の民を殺し過ぎた・・・そして非道の数々。お前も奪っただろう、家財に、そして女だ」

光がギラリと強まって見え、男は体中を伝い落ちる冷や汗を感じた。

斎藤は歩み出て男の持つ槍に手を伸ばし、そのまま掴んで自らの通り道から穂先を押し除けた。
男はされるがままに槍を除け、近付く黄金色の瞳に捉われ硬直している。

「俺はこれでも女を尊ぶんでな」

「ぅっ・・・」

気付いた時には男は胸を一突きされ、槍を地面に転がしていた。
斎藤は刀を傷めぬよう崩れる男の体に逆らわず、するりと引き抜いた。

「今夜はこれで終いか」

怯えた声で溢れていた一帯もすっかり静まっている。
転がる死体の数々に目をやり、全て力尽きていると確認して刀の血を払った。

これだけの死体だがすぐに回収され弔われるだろう。
それに対し、会津では旧幕軍の兵の死体が無残に転がされている。命を奪った上に弔いを禁じる官軍の仕打ち、これ程に奢った行為があるだろうか。
許されざる非道の数々に、こんな官軍が作り上げる次の時代が如何なものになるのかと、憂えずにいられなかった。

あれほど好んだ月も今は見上げることは無い。
日が昇る前に身を潜め、ただ命を繋ぎ、ひたすら闇が訪れるのを待った。

そんな一日をどれだけ繰り返しただろうか。
今宵の仕事を終えた斎藤は再び山の闇に踏み入ったが、この夜、ある人物に遭遇した。
抜刀しようと柄に手を掛けるが相手も相当の使い手のようで、斎藤の殺気を察し先に声を上げた。

「待たれよ、山口殿でござろう!」

「貴方は・・・佐川殿」

「はははっ!お主も戦っておったか!」

佐川は鶴ヶ城を訪れた際に城内を案内し、容保公のもとへ通してくれた人物だ。

「佐川殿、何故貴方がこんな山の中に」

「鶴ヶ城が新政府軍に引き渡されたのは知らぬのか、儂は少々失態を犯してしまってな・・・このままおめおめと殿の前に帰る訳にはいかんのです」

「会津が降伏したのは知っています・・・失態とは酒で奇襲の時機を逃したというやつですか」

「はははっ!良く知っておるな!斥候は得意か!そうだ、儂のせいで会津が堕ちたも同然だ」

佐川が奇襲を仕掛けるはずの戦いで出遅れ、会津は負けた。
そのまま官軍の進行を許したと悔いていた。

「情報収集には少々覚えがありましてね」

「そうか。腹を斬るくらいならまず敵を斬ってからと思いましてな。山口殿は一体何故」

「俺はただ会津を守る為、そして己の正義を貫く為に戦っている」

「お主も会津に忠義を持っているのか」

斎藤は応えなかったが、佐川はその目の色に義を貫く魂を見た。

「共にもうひと暴れするか」

「いいでしょう、奴らも勘付き始め単独で動くより、背後を任せられる者が欲しいと考えていました。貴方はそれなりに腕が立つのでしょうね」

壬生にいた頃は沖田の役割だった斎藤の背を預かる者。
佐川の腕を計る斎藤だが、確かなものを持っていると感じニヤリと口角をつり上げた。

それから数日、二人は「官賊軍」を斬り続けた。


「やれやれ・・・あやつらはまだ戦っておるのか。その気持ちは大いに有難いが、お主らにはまだ頼みたい使命があると呼び戻せ」

容保は川路から届いた『会津の狼を鎮めてくれ』との文に目を細めていた。
 
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