斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□109.さよなら
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森の中、ようやく二人の姿を捉えた会津の使者により、斎藤と佐川は容保のもとへ戻るよう言い渡された。
戻り次第、新しい任を与えるとの伝令だ。

「容保公のご命令とあらば戻らざるを得まい」

「新たな務めとは一体」

二人は命令に応じ容保のもとへ向かった。

容保は川路からの手紙に対し『会津の狼』を鎮めることには了承したが、その後の狼の扱いについて条件を付けていた。

『狼の引き渡しは致しかねる。あれは会津の侍として我が直々に引き受けよう。手出しはさせぬ故、そちらも手出しは無用に願いたい』

敗者の申し出にしては随分と強気な返事を受け取った川路だが、怒ること無くその申し出を受け入れた。
今はただその身柄を管理できていれば良い。どこに暮らし何をしているのか、必要な時が来たならば助力を求めよう。
川路は官軍兵士に恐怖を与えた斎藤の山中での単独行動を黙認し、その存在を温存した。

容保の前へ姿を見せた斎藤と佐川は労いの言葉を受け、会津の戦の終わりを改めて伝えられた。

「新たな任があるとうかがいました」

斎藤は使者に聞かされた任務について早く知りたかった。今までも容保直々の命で様々な仕事をこなしてきた。
京で新選組に入り陰から会津を支えたのもその一つだ。おかげで大切な場所を得て、仲間と、そしてかけがえの無い女と出会うことが出来た。

・・・この戦はまだ終わっていない。俺に出来ることがあるのならば・・・

言い渡される新たな任にも全力で取り組むつもりで頭を下げ指令を待った。

「お主、誠に会津の者となれ」

「・・・元より会津の魂を持っているつもりでおります」

・・・だが、どういう意味なのか・・・

斎藤は顔を上げたい気持ちを堪え、容保の前で平伏している。

「もう良い、顔を上げよ・・・今更その様な振る舞い無用だ」

城を失い思うところがあるのか、容保は親しみやすい柔らかい表情で斎藤に話し掛けた。

「そなたが会津の魂を持っておる事は充分に知っておる。会津の者となれというのは、会津の娘と夫婦になれという事だ」

「なっ・・・」

「戦で男が随分と減ってしまった。城内にも年頃の娘が多くいたであろう。あれらもこの先、生きていく事に難儀するであろう。せめてその一人でも・・・山口、そなたの手で幸せにしてやってはくれぬか」

斎藤は容保の言葉を呆けて聞き流していた。
夫婦になれ・・・その後の言葉は斎藤の耳に届いていなかった。

「高木時尾を覚えてはおらぬか。そなたと面識があるはずだが」

気を取り戻し、容保の声で思い浮かんだ高木時尾の姿。
確かに小綺麗で賢そうな気品のある女、夢主に出会っていなければ結ばれていたかもしれない。

・・・俺が幸せにしてやったかもしれない女・・・確かに不憫だ。だがそれだけの事で夢主を・・・あいつを不幸になど出来るものか。俺が望むのはただ一人・・・

「聞いておるのか、山口」

「・・・なりませぬ・・・」

「山口?」

「ならぬことは・・・ならぬものです」

小さな声で漏らした言葉はその場の誰にも聞き取れなかった。

「容保様からの縁談、身に余る光栄に存じます。しかし、私はこの話を受ける訳にはいきません」

柄にも無く緊張し微かに蒼白い顔を見せて話す斎藤の姿に、容保も違和感を覚えた。
何を理由で躊躇しているのか分からぬが、これは一押しが必要か・・・容保は更に続けた。

「ならば申そう、"あれ"はこの話を承諾したぞ。お主が初めて登城した際に会うたと聞いた。それで時尾に訊いたのだ。お主を知っていると怖い顔で頷いたがな、その時あれの頬が染まったのを見逃しはせぬ」

斎藤は驚きで更に強張った顔を見せながら、なんとか言葉を探し口を開いた。

「ご冗談を・・・あの娘・・・あのお方は酷く私を嫌っておりました」

「はははっ、嫌よ嫌よも好きの内と言うであろう、分からぬか。あれでも若い娘だ、この辛い戦の中で気丈に振舞っていたのであろう。この話を喜び、泣いておったぞ」

「泣いて・・・それは・・・」

出陣する前日に目にした涙を流す時尾を思い出せば、罪悪感にも似た苦しさを覚える。
あの夕陽の中の景色を振り払おうと頭を振るが離れない。

「無論、嘘ではない」

「しかし・・・お受け致しかねます」

「そなたの思いは良く分かった。だが今一度、考えてはくれぬか。三日後にまた返事を聞かせて欲しい。無理強いはせぬ、だが今暫く考えよ。結論を急くでない」

「・・・御意」

はっきりと断る斎藤だが、考えろと半ば強引に返事を引き延ばされ、熟慮を了承するしかなかった。
 
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