斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□110.藤田五郎
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「心配は無用だ、実は照姫を江戸・・・今は東京と変わったそうだが、その東京の紀州藩邸に移せと達しが出ておってな、時尾も奥女中として同行させるつもりだ」

容保は語りながら眉間に皺を寄せた。
慣れ親しんだ江戸という名が気付けば無くなり、突きつけられた達し文には『東京』の文字があったからだ。

「では」

「あぁ、生活は保障され、あれが苦労する事はあるまい。お前も身を固め落ち着く・・・良かれと思ったのだがいい迷惑だったようだ」

「いえ、お心遣い痛み入ります」

咎め無く自らの決断を尊重してくれる二人に、斎藤は改めて頭を下げた。
斎藤を失っても時尾は立派な女だ、必ず己の生き方を見つけ幸せになるだろう。時尾の今後に関して一先ず肩の荷が下りたと安堵した。

「時尾にはこちらから断りを伝えておこう。江戸はやがて人手不足になるであろう。戦で人も減った。そして薩長は常に良からぬ動きをしておる。いつの日か新しい政府が薩長と相対する時が来るやも知れぬ。その時は我ら会津に恨みを晴さんかと、協力を申し出てくるであろう。あれらが江戸から去れば、どこも確実に人手が足りぬからな」

川路から何か聞いた訳ではないが、容保は川路の企みを見抜いて語った。
一番憎しと追いかけ探していた新選組の幹部を生かしておくのだ。その理由に見当は付く。

「これからの時代、過去のしがらみを捨て、今を生きる者の為に動くことが大事と成る。例え昨日の敵が隣にいようとも手を取り、共に今を生きる民の為に明日の日本国の為に動くのだ」

斎藤が相槌を打つように頭を動かすと、倉沢も容保に続き言葉を掛けた。

「お主は自分が真に思う正義を貫けば良い。我々も微力ながら、力をお貸ししよう。君は早速江戸に向かいなさい。その女子をお待たせしてはなりませぬ。我々はそのうちに陸奥の国へ行く。会津は・・・斗南と名を変えるのだ。君がそこまで付き合う義理は無い。君は君の成すべき事を成すのだ」

「しかし、差し出がましいですが、お供致します」

「何を申しておる!今さっき江戸で待つ者がおると申したばかりではないか!」

「確かに、しかし会津に仕える者として移住先を細かに知っておきたいのです。いつその情報が必要になるかも分かりません」

「山口、お主はもう我の間者染みた行動をする必要は無い、新時代を好きに生きるが良い」

「お言葉ですが、移住先の陸奥の国は不毛の地と聞いております。男手も必要でしょう。どんな土地なのかこの目で確かめたい所存です」

「しかし・・・山口よ」

容保は困ったように倉沢の顔を見ると、苦笑いで「止めても無駄だろう」と首を振っていた。

「無事に斗南に着きましたら直ぐに江戸に戻ります故、どうか最後まで警護をお任せください。お守り申し上げます」

「・・・斎藤一、そなたは誠に尽くしてくれた。礼を言う。ならば最後にもう一度、我に力を貸してくれ。その代わり、必ずその後は自分とその女の為に生きろ」

「御意・・・」

どれだけ名を変えようが、生きる場を変えようがお前は新選組の斎藤一だな、容保は斎藤の姿を嬉しそうに見つめた。

これで時尾との件は全て終わり、あとは斗南へ同行するだけ。
大任を終えた気分で、斎藤は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
晴れた気持ちで割り当てられた宿所へ戻って行った。
 
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