斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□111.別れ、そして新時代へ
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「士道不覚悟ですか。僕は好きな言葉ですけどね、そんな道場に誰も寄り付きませんよ、ははっ。悪即斬ってのも夢主ちゃん、確かに剣術は所詮殺人術・・・でも僕は何も人斬りを教える訳では」

「あぁっ、冗談ですよ、言ってみただけですからっ!落ち着いたらまた考えましょう!」

懐かしい言葉を思い出して悪ふざけを言っただけと、夢主は慌てて言い直した。
すると「分かっていますよ」と微笑まれ、沖田に一本取られてしまった。

「道場の看板もいつ出せるか分かりませんね」

「確かこの戦の罪を問わないってお触れが出るんですよ、明治の・・・確か土方さんが亡くなってから、すぐに・・・明治二年・・・」

「土方さんの・・・」

これから先も多くの要職を薩摩と長州の出身者が占める時代が続く。だがそれ以外の者、戊辰戦争の敗者が活躍の場を得る機会もやって来る。
戊辰戦争やそれ以前に幕府の命で動いた任務に関しては罪を問わないとお触れが出るのだ。それは敗者たる者達が自由になる第一歩。
沖田の道場もそのお触れが出れば開くことが出来るのでは、そう思われた。

「私利私怨によらない幕末の行為は罪を問わず、公務は処罰の対象外とする・・・今はもう、明治に変わっていますよね・・・」

「うん・・・明治二年・・・今年中ですね」

・・・今年中に土方さんは逝ってしまうのか・・・

答えた沖田の心は塞いだ。

「はい。そうすれば、沖田さんが沖田さんとして生きていけるのでは・・・試衛館の看板を掲げても・・・」

「いいえ、沖田総司は死んだんです。新しく掲げる看板は・・・そうだなぁ、井上道場にでもしようかなぁ」

・・・そう、僕ももう死んだんだ・・・みんなと一緒に、新選組の沖田総司は・・・

「井上・・・」

「ははっ、弱そうですね、源さん結構遣り手だったんだけどな、あはははっ!」

「ふふっ、井上総司さん・・・井上道場・・・そうですね、分かりやすくていいかもしれません」

「親しみやすい道場になるといいんですが・・・みんな僕の稽古についてこられるかな」

誰の稽古よりも怖ろしいと言われた新選組時代。
沖田は厳しくも穏やかな道場を開きたかった。

「斎藤さんはいつ戻るんでしょうね・・・」

「・・・分かりません」

斎藤から貰った覗き紋付きの着物を纏った夢主、懐から小さな猪目の合わせを取り出した。

「あれ・・・」

「どうしました」

「いえ、何だか表面が・・・気のせいでしょうか」

光に照らすと、表面の釉薬にひびが入って見える。

「上手く出来たと思ってたのに・・・割れないといいけど・・・」

あまり触れないようにしよう、そう思い夢主はそっと懐に戻した。

「あれ」

今度は沖田が何かに気付き声を漏らした。

「雨だ・・・」

部屋から見える地面がぽつぽつと雨粒で色を変え始めた。
少しずつだが一粒一粒が大きい。きっとすぐに大降りになるだろう。

「もう梅雨ですね、雨が多いな・・・僕は洗濯物入れますから、夢主ちゃん雨戸を閉めてもらえますか、僕も終わったら手伝います!」

言い終えないうちに沖田は庭に飛び出し、高い竿から洗濯物を外し始めた。先程まで見えていた青空がすっかり暗くなっている。

「はい・・・」

急に雨雲が広がる空を見上げ、夢主も雨戸を閉める仕事に取り掛かった。

「洗濯物乾いたかな・・・梅雨・・・かぁ」

湿った風が、夢主の頬を撫でた。


東京の地に雨が降る日が増えたこの頃、蝦夷の地では未だ激しい戦いが続いていた。

箱館では若者が一人、苦しい戦況の中で陣を抜け、最後の指令だと言い渡された任務をこなそうと懸命に駆けていた。
市村鉄之助、長く小姓として仕えた土方歳三の愛刀と写真を胸に、涙を流しながら船を目指した。
鉄之助は何ヶ月も掛けて東京の近く、土方の故郷へ辿り着く。

鉄之助が去った蝦夷は五稜郭、旧幕府軍が新たな行政施設を置いた場所に土方はいた。
まだ朝は早い。だが早くもこの日の戦いが始まっていた。
 
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