沖田総司に似た密偵の部下

□8.横浜出張 -sai-oki-cho-
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沖舂次と張を一緒に行動させる。ちょうどいい任務がある。互いに鍛練になるだろう。奇妙な鍛練だがな。

朝一番、俺は張と沖舂次を呼び出して、出張任務を言い渡した。
場所は横浜、例の武器密輸組織に関わる人物が目撃された。横浜を隈なく調べる必要がある。
現地の人員も動かしているが、部下二人を送り込むのに丁度良い。

「泊まりで横浜? 陸蒸気で戻れんのに切符代ケチるんかい」

「阿呆、泊りだってそれなりに金は掛かる」

「まぁえぇけどな、季節もエェし、つくしちゃんと一緒ならワイは大歓迎や」

「沖舂次、お前も異論は無いな」

異論は認めんと言わんばかりに訊くと、沖舂次は素直に大きく頷いた。
張はご機嫌で出張支度に取り掛かっている。そんな張とは対照的に、沖舂次の反応が鈍い。俺は含みのある表情を向けた。
感情を読み取ることがまだまだ未熟な沖舂次には、俺の真意が測りきれないらしい。

「沖舂次」

「はいっ」

「逃げるなよ」

「……はい」

俺が二ッと笑むと、沖舂次が頼りない声を返した。何か言葉の裏を感じても、それが何か思い至らないのだ。
勘繰り過ぎだ、任務の成功を祈り励まされたのだと思い直し、沖舂次は荷物を纏め始めた。


 * * *


新橋駅で陸蒸気を前に、私は思わず見上げていた。走る姿を見たことはあったが、こんな間近で見るのは初めてだ。

陸蒸気に乗ると、張さんは素直に初めだとはしゃいで窓に張り付いた。
季節は秋。窓から見える世界は紅と黄色に満ちている。私もはしゃぎたいが、悪目立ちを恐れて控えていた。
出立にあたり目立たぬよう警官の制服を脱いだ。制服に似た紺色の上着を羽織り、洋袴を着ける男装姿は変わらない。一方、張さんはいつもと同じ服装を貫いていた。

「なぁなぁ、つくしちゃんも見てみぃ!」

「張さん目立ち過ぎですよ」

「目立ってなんぼのワイやさかい、気にせぇへんで。なんやかんやで初めて乗るんや楽しまな。それに横浜、横浜遊郭は凄いっちゅう話や」

「大人しくしてないと、自分の立場を忘れてるでしょ……」

「ワイは、隠れへん密てぃっむぐっっ」

「張さん!!」

密偵やと身分を大声で明かそうとした張さんの口を、私は必死に塞いだ。私の手では小さくて、張さんの口を塞ぐのも難儀する。

「っふはあっ! 死んでまうやろ!」

「公衆の面前で身の上明かしたら警部補に殺されますよ!」

怒鳴る張さんに、私はヒソヒソ声で言い返した。
私の言う通りなのに、真面目過ぎる対応にカチンと来たのか、張さんが私の手を強く掴んできた。

「何するんですか! 離してくださいっ!」

「一緒に見てくれるまで離さへん」

「何なんですか、もう!」

断わったら引っ張ってでも景色を見せると、手を離さない子供染みた張さんの仕打ちに呆れつつ、私は窓の外を覗いた。
確かにこれを見ないのは勿体ない、そう思える眺めだった。

「綺麗……」

「せやろぉ、見とかなアカンで」

過ぎゆく景色と景色に溶け込む人々の生活。顔は見えないのに、人々の楽しそうな表情が見える気がした。大人たちの脇を駆けて行く子供達のはしゃぐ声が、陸蒸気の音を越えて届きそうだ。
紅や黄色に色づいた木々に導かれるよう陸蒸気は進み、きらきらと朝の光を受けて輝く川を越えて、終着駅の横浜に到着した。


私達は宿泊先に荷物を置き、地図を頭に叩き込んで町に繰り出した。
早い足取りで順に、確実に一区画ずつ調べていく。
途中、横浜遊郭の傍で道を外れそうになった張さんを、何とか諫めて調査に連れ戻した。


日が暮れて宿を目指す頃には、二人ともに体力の限界を迎えていた。

「あぁ疲れたで、歩きすぎてクタクタや」

明日に備えて栄養補給と休養が要る。重くなった足を引きずる張さんの、重そうな装備に私は顔を歪めた。

「張さん、いつも思うんですけど持ち歩く武器を減らしたらどうですか、無駄に体力消耗してませんか」

「減らせるかい! どれも愛着あるし使い道がちゃうんやで!」

「張さんが平気なら構いませんけど、でも疲れたからって途中でサボろうとしましたよね」

「ちょっと休もうとしただけやろ、厳しいなぁ」

小さいオッサンが傍にいるみたいやと、張さんは渋い顔をした。
早く部屋に入って眠りたい。その前に食事も必要だ。
二人で勢いよく部屋の扉を開けたが、中を見た途端、部屋に飛びこむ勢いを失ってしまった。
 
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