-短篇

明】いつの日か、目覚めたどこかで
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今日は盆正月でもないのに、子と孫達が勢揃いしている。

長男の勉は普段からよく顔を見せてくれる。
次男の剛はほとんど帰らないが、年に一度か二度、気まぐれに戻って来る。
三男の龍雄は会おうと思えば毎日でも顔を見られる。沖田君の、井上家の跡継ぎとして道場を継いでいる。

その沖田君は先に旅立ってしまったが、地獄で仲間と笑っているだろう。

子供達はみな嫁を迎え、ありがたいことに孫達にも恵まれた。
こんな人生を送れるなど、想像もしていなかった。
旗本を殺めてしまった若かったあの日、江戸を離れて辿り着いた京で浪士組に入ったのが、運命の歯車の始まりか。

「どうされましたか、一さん」

「いや、懐かしいことを思い出してしまってな。信じられるか、俺ももう七十二だ」

「ふふっ、それをいうなら私も同じです」

年相応に白くなった髪と、歳月を刻む皺。
大きく笑わない俺にも目尻に皺が刻まれ、夢主は面白いと笑い、眉間の皺は昔からあるのに、思ったほど深くなりませんねと揶揄う。

「久しぶりに……道場へ行こうと思う。手を貸してくれるか」

「もちろんです。私も行きたいです、道場」

晩年酒が増えたせいか胃を傷めた俺は、たまに夢主の手を借りる。
嫌な顔もせず力を貸してくれる。
助けられて生きてきたのは自分だからと、お前は今でも言う。
それはお互い様、むしろ俺の方が助けられていたとは、死ぬまで思わんのだろう。

我が家を出て、すぐ隣の沖田君の屋敷へ。
集まった子と孫達は、俺達への挨拶を済ませると広い沖田君の屋敷へ移動していた。
賑やかな声がする。道場を覗くと、息子が三人集まっていた。
手合わせするのは勉と龍雄の二人。

「父上、動いて大丈夫なのですか」

「五郎殿、私が肩を」

勉は真面目で辛抱強く、一方で負けず嫌い。俺と夢主の性格を見事に受け継いでいる。
龍雄は生まれてすぐ養子に出て、沖田君を実の父と思い育ったせいか、俺を五郎殿と呼ぶ。
だが俺達に向ける眼差しは父と母に向けるもの。子供なりに気を使っているようだ。

審判をしていた剛もこちらへやって来る。

「父上、母上。私も肩をお貸します」

「大丈夫だ。手合わせ中すまないが、少しの間、道場を貸してくれないか。母と二人で話がしたい」

剛は自由奔放で、俺の家に帰らない性分と、夢主の突拍子もない部分だけを受け継いでしまったらしい。
外国暮らしをしたり、好きにしろとしか言えない人生を送っている。だがそんな息子も俺には自慢の子だ。

「もちろんです。ごゆっくり」

「家内と子供達が座敷に居りますので、あとで顔を見せてくださいな」

「あぁ、分かった。皆によろしく伝えてくれ」

俺が頷くと、三人の顔は夢主に向いた。
大人になっても男は母が好きというのは本当らしい。俺に向ける目より輝いて見える。

「母上もですよ」

「久しぶりに勢ぞろいですよ、夢主殿」

「今夜は宴ですね!」

「ふふっ、勉さんと龍雄さん、剛さんまで戻るなんて滅多にありませんものね、あとで行きますね」

座敷の賑やかさを感じながら、俺と夢主は道場に上がり込んだ。
綺麗に磨かれた床板。神棚の下にある座布団に、俺は腰を下ろした。

歳を取ってもここへ足を運び、木刀や真剣を振ったりした。
何だかんだで道場は一番好きな場所だ。

「来い」

俺はそっと夢主を抱き寄せた。

「こんなことを聞くのは何だが、俺の最期を聞かせてくれないか」

「一さんの……最期ですか」

「あぁ。知っているんだろう。俺の命はあと何年もつ」

体の痛みより、不自由さが気に掛かる。
もう長くないのは感じていた。

「……ふふっ、知っていましたけどね、さすがに何十年も経つと、忘れちゃいますよ。ただ……お座敷で座って亡くなられたのは覚えています。武士だなって、印象的で……」

「座ってか。面白いな」

俺はおもむろに夢主の髪の結びを解いた。
髪の流れを楽しむように指を通す。この感覚が好きだ。昔から、堪らなく好きだ。

「お前の髪はいつまでたっても心地良いな」

「ふふっ、一さんの髪も……今でも前髪が」

飛び出た前髪の束を、夢主がつんと触れた。
思わず二ッと笑い返す。

「あとで沖田君にも挨拶に行くか」

「はい」

仏前には懐かしい桜の陶器が置かれている。
一度沖田君の手を離れたそれは、ある日戻ってきた。
副長の物と共に飾られている。
もし自分達が死んだあとは、俺達の砕けた猪目も一緒にしてくれと家族に伝えてある。

「夢主、昔が懐かしくなることは無いか」

「ありますよ……大変だったけど、皆がいて楽しかったです。新選組のみなさんもそうですし、緋村さん達ともそうでした」

「全く同感だ。俺達は運がいいんだか悪いんだか、ともかく最後まで生き残ったのは俺達だったな。維新の御偉方ももういない」

昔言った言葉を思い出した。
勝負は、生き残った者が勝ち。
連中との勝負は総じて俺の一人勝ちだと得意顔を見せ、夢主を笑わせる。

「こればかりは、天命……なのでしょうか」

「さぁな。だがお前は随分と変えて来ただろう、お前がいたおかげで人生楽しかったさ」

「一さんたら、ふふっ」

「冗談じゃないさ、子にも孫にも恵まれた平穏な日々。対して幕末維新期は命を燃やす日々を送った。闘いに挑むたび生きて戻れたのは、お前が俺を待っていたからだ。子や孫がいるのは、説明もいらんだろ」

「一さんだって……わっ、私一人じゃ子供なんて産めないんですよ!」

「ハハッ、そうだったな。俺の子種は良かったろう」

「もっ、一さんてば幾つになっても厭らしいんです! でも……」

「でも?」

「好きです。厭らしい一さんも、意地悪な一さんも。一番好きなのは、優しい一さん……」

「ククッ、俺は幸せが過ぎたようだ」

俺達はそっと口吸いをした。
何年経とうが変わらない、愛おしく思う。触れていたいと願う。
俺は腕に抱く夢主を擦るように触れた。小さくも温かい背中だ。

「不思議なんだが、今、目を閉じたらそのまま眠れそうな気がする」

「そうですか。それも……いいかもしれませんね。偶然なんですけど、私もそんな気がします」

「そうか……そろそろ、眠るか。俺は今、とても目を瞑りたい気分だ」

体が重く、意識がふわふわとして落ち着かない。
ひと眠りして休みたい。深く、長く、眠りたい気分だ。

「はい、私もとても眠いです。いつもの……ことですが。私はずっと……一さんのおそばにいます」

「俺の胸を貸してやる」

優しく微笑むと、悪戯な笑顔が返ってきた。

「ふふっ、反対でも構いませんよ」

「阿呆、お前が俺に甘えろ」

「はぃ、一さん」

胸に頭を預けて見上げる夢主が、にこりと微笑んだ。
こいつを支えるのが好きだ。俺の腕の中で甘える姿も、腕の中にいれば俺が全てを守ってやれる安心感も。
心地よさに包まれ、一気に眠りに誘われる。

「うぅん……とても眠いです、一さん……」

「俺もだ……夢主……」

意識が遠のいていく。
だが温かくて気持ちよい感覚だ。
夢主の重みも程よく俺に圧し掛かる。

「また、一緒に……起きたら……お会いしましょうね……」

「当然だ……」

いつでも何度でも、お前が見えなくなったら捜し出すさ。
分からないはずが無かろう、俺はお前を心から愛している。
お前も俺を心から愛してくれた。
これが本当に情が通うということなのか、身も心も通じているようだ。
今の俺は、生きてきた中で一番、お前を感じている。

「一さんは、さがすのが……得意ですから……見つけて、ください……私を」

「任せろ、必ず……お前を……夢主を見つける」

待って……います……

声にならない声で言い、静かに目を閉じる夢主。
俺は夢主に優しく頬ずりしてから、目を閉じた。


温かい空気が二人を包み、外でさえずる鳥達の愛らしい声が響いている。

やがて二人を待ち詫びた息子と孫達が、揃って道場へ迎えにやって来た。

静かに眠る二人の姿を見つけ、息子達はそっと手を合わせた。
夢主と斎藤は優しく微笑み、眠るように寄り添っていた。




お題※死ネタ
「斎藤さんか夢主さんの亡くなる日。来世でも共にと願う二人の未来を感じさせる別れの言葉。[#book=13:p=1#]に繋がるイメージ」

もともと最期を描くならこうだろうなぁと抱いていた構想で書かせていただきました。
死ネタはあまり望まれないかなと書かずに終わる気でいたのですが、リクエスト頂いたので、「!!」と書かせていただきました。
機会を頂き、本当にありがとうございます。

透さん、リクエストありがとうございました!
 
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