-短篇

明】父になった斎藤さん
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「どうした、お日様が温かいな、あぁ母上か。母上はいま昼飯の支度をしている」

日の当たる縁側で、俺は腕に抱く勉に「ほら」と廊下の先を見せた。
食事の支度に励んでくれる夢主の姿がちらちらと見えたり消えたりしている。
母の存在を知り、勉は俺の腕の中で手を伸ばした。
まだ言葉が出ないどころか一人で立てもしないのに、母のもとへ行きたいと訴えているようだ。

「ははっ、父では嫌か、もう少し待て。と言ってもお前はまだ食えんからな」

ぅう、あ〜……

勉の声はご機嫌な様子。
顔を良く動かして、元気な男の子だ。

「大丈夫ですか、一さん」

「大丈夫だ、任せておけ」

う〜う〜と繰り返される勉のお喋りを聞いて、勝手元から夢主が顔を覗かせた。
たまの非番、一日中でも抱えてやるさ。
日頃任せっきりのお前の背中を軽く出来るのなら。

いや、お前が駄目と言っても抱えるさ、小さく温かい勉を抱えているとやけに心が落ち着く。
顔を擦りつけたくなるのが不思議だ。これが親の愛なのか。

勉の重さを覚えて、俺はまた次の任務に向かう。
戻った時に思い出す。
久しぶりに帰って抱くと、成長した我が子を感じる。こんなにも大きくなったのかと毎回驚かされる。

こんな俺でも父として受け入れてくれるのは、母である夢主が俺が帰る度に、嬉しそうに勉に告げるからかもしれない。
父上がお戻りですよと、満面の笑みで勉の手を取って無理矢理俺に触れさせる。

夢主の幸せそうな顔、子が感じ取らない訳がない。
俺が家を空けている間も、勉に俺の話をしているそうだ。

「お前の母上は優しいぞ、良かったな」

ぁあ〜あー!

喜びの声か、大きく甲高い声が響いた。
ちらと再びこちらを覗く夢主に、大丈夫だと会釈を返す。
ふふっと笑って背中を向ける姿は、母になっても変わらない。
小さくて愛らしく、放っておけない気になってしまう。しかし、誰よりも頼れる存在だ。

「たまに泣き虫だからな、泣いていたら慰めてやってくれよ、俺がいない時は」

強面ながら笑って見せると、勉が嬉しそうにはしゃいだ。

「一さん、勉さんご機嫌ですね。やっぱり父上が大好きなんですね」

「ありがたいな」

ハハッと短く笑う俺の横に、夢主が昼飯の膳を並べた。
いい香りだ。
出来たての飯の香りに頬を緩めていると、勉が夢主に手を伸ばして暴れはじめた。
先程とは勢いが違う。

「勉さんもお腹が空いたんですね、抱っこ代わります」

「あぁ、そうだな」

「ご飯、先に食べていてください」

「待つさ、嫌でなければ見ていても構わんか」

「もちろんです、父親なんですからっ」

勉を抱えた夢主は腰を下ろし、慣れた手つきで乳を与え始めた。

不思議なもので、勉が関わっていると妙な気は起きない。当たり前か。
柔らかな乳房に手を添えて懸命に乳を飲む姿は愛おしくて、安らかな顔に見入ってしまう。

「勉を見ていると命を感じるな」

「そうですね、一生懸命生きています」

民を守って刀を振るってきたが、守る命がこうも実感できた経験は無かった。
幼く、一人ではどう足掻いても生きていけない命。
往来を歩く大人達も皆、誰かの助けを得て育ってきたのだ。

「お前には、感謝している」

「どうしたんですか急に、一さんこそいつもありがとうございます」

お勤めご苦労様ですと言わんばかりの微笑みに、

「ちょっと違うんだがな」

そう言って俺は夢主に短い口吸いをした。俺が言う感謝は、そんな勤めの比ではないんだよ。
二ッと目を細めた時、勉が突然頭の上をかすめた俺を見上げた。
乳は咥えたまま、きょとんと大きな目をしている。

「ククッ、こいつは大物になるな」

「一さんの子供ですから、ふふっ」

動じるどころか、勉は乳を飲みながら俺に手を伸ばしてきた。
顔を近づけると小さな手が俺の頬に触れた。
母の柔らかい頬と違う俺の頬を擦っている。

「ゆっくり飲め、勉。ゆっくり大きくなればいい、父も母も見守っている」

「一さん今日は変ですね、ふふっ、でもその通りです、勉さん」

「ぅうー」

「っ、ハハッ」

「ふふっ、勉さんたら」

乳を飲みがら声を発した勉に、俺と夢主は笑ってしまった。

逞しい我が子。
この家に笑顔を増やしてくれた。
お前の笑顔は俺が守るからな、安心して大きく育て。
ただし母を、夢主を守るのは俺とお前だ。いいな。

心で念じると、勉の手が俺の頬を優しく叩いた。二度、ぽんぽんと。
俺はそれを勉の返事だと受け取った。
男の約束は必ず果たされるだろう。
俺を見つめる勉の幼い目が、にこりと笑った。
 
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