-短篇

明】淋しい貴方のお見送り
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「新聞屋の取り締まりだと」

「はい、最近政府を批判する新聞が多く、事実無根な記事も多い為、各地の新聞屋を一斉にとりしまるそうです」

使いでやって来た部下が斎藤に面倒な仕事を報告した。
どうせ俺には関係ない、斎藤が話を聞くのをやめようとした時、部下が地図を置いた。

「警部補はご自分の仕事に専念を、署長からの言伝です。我々の捜索範囲を示した地図を置いておきますので、ご確認まで」

「あぁ」

どこの新聞屋だろうが書いている事は似たり寄ったりだろう。まぁ運が悪かったと諦めるんだな。
見知らぬ新聞屋達に無言で語り掛けた斎藤が煙草に火をつけた。
視界の端に地図が映る。

「ドブ板長屋まで行くのか」

「えぇ、はい。確か月岡津南という元人気絵師の新聞屋だとか。錦絵同様、新聞も売れているそうです」

「ほぅ」

「しかし政府批判をしていては、いつか掴まると分からないものでしょうかね、彼らは」

「フン」

月岡津南、確か元赤報隊準隊士であのうるさい元喧嘩屋の知人、だったか。
志々雄討伐で京に向かう前、左之助が月岡を訪ねて金を工面してもらったことは斎藤も知っている。

「しかしドブ板長屋に住む者にまで本気になっていては警察の面目が丸潰れだ。月岡津南の扱い、程々にしておけよ」

「確かに……畏まりました」

柄にもなく余計な指示を出してしまった。
だが人気が高い元絵師、しかもドブ板長屋に住み節制をしてまで新聞を書く者を捕えては、人民も黙ってはいまい。
これでいい。
煙草を咥えたまま、斎藤は署を出て行った。


咥えた煙草がそろそろ尽きようかという時、張りのある声が斎藤を呼び止めた。
斎藤が振り返ると、何を考えているのか、嬉しそうな顔で手を振る若者がいた。

「おぉ、久しぶりだな斎藤!」

「貴様、相楽左之助。見ないからどこぞで野垂れ死んだと思っていたが」

「死ぬかよ、ちょっと遠出してたんだよ」

東京を飛び出した左之助は、気付けば信州に辿り着いていた。生まれ故郷だ。
そこで様々な想いと向き合って戻ってきた。

「剣心トコ行こうと思うんだけどよ、お前も来るか」

「何故俺が行かねばならん」

「一緒に戦った仲だろ。それからよ、夢主は……元気か」

「お前に心配されずとも夢主は元気だ」

左之助はふぅんと嬉しそうな顔を誤魔化した。
夢主も一緒に剣心を訪ねようぜと誘いたい気持ちを堪え、斎藤から目を逸らす。

「それより貴様、新聞屋の連れがいただろう。こんな世の中だ、警察に目を付けられんよう気を付けろと忠告しておけ。政治家連中は昨今、新聞屋を警戒している」

「んだよ、親切にご忠告ってか。気でも触れちまったか」

「フン、貴様や新聞屋がどうなろうが俺には関係ない」

「おぅおぅ、行っちまうのかよ!神谷道場は!」

「行かん」

呼び止める左之助を置いて、斎藤は家路に就いた。


家に戻れば安らぎの一時。
堅苦しい制服を脱ぎ、愛しい者の笑顔に心が緩む。
この一時を放り出して何故かつての宿敵が住まう道場へ出向かねばならんのだ。
ふっと緩んだ顔がすぐに険しく変わり、夢主が理由を尋ねると、斎藤は隠さず左之助に遭遇したと伝えた。

「左之助さんが?」

「あぁ。随分薄汚れていたな。ま、奴が汚いのはいつもの事か」

「もぅ一さんたら、ふふっ」

夢主は信州から戻った直後の左之助の姿を思い浮かべた。
走り続けて土埃にまみれたのだろう。
元々風呂好きでもなかったはず。

「そういえば、左之助さん……信州から戻った後……」

「奴がどうかしたか」

「いぇ、信州から戻ってすぐ、確か警察に追われて、世界へ……」

「世界」

「はい。世界を見る旅に出るんです。そこから先は、実は私も知りません」

「ほぅ」

斎藤はあの馬鹿が世界に出るのかと驚き、夢主が知らぬ時代が訪れるのかと驚いた。
いつかは訪れると思っていたが、感慨深く夢主を見つめている。

「お前も知らんとは」

「ふふっ、ただの役立たずになっちゃいますね、私」

「阿呆が」

夢主の冗談を本気で嫌がり、斎藤は夢主を引き寄せた。

「役立たずなものか、いいじゃないか、お前が言っていた『同じ立場の者』になれるんだろ」

「一さん……。でも優しいですね一さんは。教えてあげたんでしょう、月岡さんが危ないぞって」

「フン、そんな事を言った覚えはない」

「優しくて照れ屋さんです、ふふっ。私だけが知ってる……一さんですね」

世界の行く末が分からなくなっても、貴方の事だけは分かります。
はにかんで微笑む夢主に、斎藤までもがはにかんだ。照れ臭ささを隠そうと喉を鳴らした。

「んんっ、奴が日本からいなくなって清々するな」

「ふふっ、いつかは帰ってくる気がしますけどね」

「血の気が多い馬鹿だからな、生きて戻れるか怪しいもんだ」

左之助の身を危ぶんだ斎藤はニヤリと笑った。

「さて、あの馬鹿がお前を気に掛けていたぞ。神谷道場まで送ってやる」

「えっ……いいんですか、一さん……お嫌なんじゃ」

「俺はそこまで了見が狭くない。日本を出て暫く会えんのだろう。神谷の娘にも会いたいんじゃないのか」

ここ暫く身を潜めるように過ごしてきた。
思わぬ誘いに夢主は目をぱちくりと瞬いた。

「行きたいです……行きます!一さんも一緒に行きましょうよ」

「俺はお前を送るだけでいい」

本当は今宵、お前を独り占めする気でいたんだがな。
斎藤は忍び笑んでフッと息を漏らした。
夢主の笑顔が増えるならばやむを得まい。

「その代わり、戻ったら俺の相手をしろよ」

「はっ……はぃ……ふふふっ」

夢主の笑顔に斎藤も僅かに笑んで見せる。
クククと聞こえそうな顔だが、夢主には少しだけ淋しそうに見えて、愛おしさが込み上げた。
くすくすと笑う夢主は、斎藤に連れられて神谷道場へ向かった。
 
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